願い8
何もかもあっけなかった。大切に一族が護って来たものは鈍い音を鳴らして壊れ、冷たい地面に転がっている。もう何かを映すことのできない銅鏡。暗い色のそれに白い雪が落ちて溶けていく。それはどうしてかとても虚しく思えた。
涙が出そうなほど。
「――これでいいの?」
呟いて、私は少し離れたところにいる青年に目を向けた。いつからいたのかは分からない。けれどその存在に気付いたのは鏡を壊す少し前だっただろうか。石灯篭に身体をもたげこちらをどこか不快そうに見つめていた。少しも喜んでいるようには見えない。彼はそれを望んでいたはずなのだけれど。
「芹」
芹は何かを呟いたらしかったがそれは聞こえることなく宙に溶ける。ため息一つ。少し目線を落とした後で私を一瞥し、瑠璃に目を向けた。
無視――。傷付かない振りをして私もまた瑠璃に目を向ける。
「久しぶりだな。瑠璃――まさかあんたが出てくるとは思わなかった。で?」
パタパタと軽い音を立てながら近づいていくのは凪。彼女は心配そうに彼を見上げていたが彼の視線が芹に落ちることは無かった。
「相変わらずね――私は猫かぶりしている方が好きなのだけど? それに久しぶりにあった妻に言う事はそれだけなのかしら?」
「――はぁ?」
盛大に彼は声を上げた。眉を潜めて、嫌そうに。ただそれに対して瑠璃が怯むことはない。『違うの?』そう言いたげにニコリとした笑顔を浮かべたままだ。ただどこか笑顔に迫力はあるのだけれど。はっきり言えば笑顔が怖かった。
「でしょうね。どこまでが本気でどこまでが嘘なのか――ま、いいわ。芹。力は戻ったわよね?」
「まぁまぁ? 凪の顔色もよくなってやがるし」
ようやく彼は視線を落とすと、細く長い指で凪の頬を抓る。確かに顔色は良くなっているようだ。口許は赤く、頬が朱に染まっている。先ほどまでのやつれた感覚は見受けられなかった。
特に何が起こったと言うわけでもなく見えている物でもない。けれど力は何かしらの効果を生んでいるようだ。彼自体もどこか色つやが良いように見えた。
「じゃ、封じるわね」
「だよな。やっぱり」
「は!?」
見つめ合う満面の笑顔――緊張感の漂う――の真ん中で私は大きく声を上げていた。同時。芹を護るようにして凪は彼の前に立ち塞がった。切れんばかりに瑠璃を睨みつけながら。
「そんなこと。させない」
凪だ。それを受け流すようにして瑠璃は肩を竦めて見せ、私に目を向けた。『どうして』という表情をしていたからなのかもしれない。
「そうしなければならないのよ――だってそんなに芹は強くないから。耐えられそうにもないし」
何がとまでは言わない。その代わり私は瑠璃はが話してくれていた昔語りを思い出して微かに目を伏せた。
――心が耐えられそうにも無いから。そう言っているのだ。芹自体は表情を一つも変えず読み取ることは出来なかったけれど。
「これ以上は、もう助けてあげられないし」
芹は考えるようにして空を仰いでいた。しかし漆黒の双眸はそのまままっすぐに瑠璃へと向けられる。




