願い7
「何を企むのよ? 死にそこないのくせに」
そう吐き捨てるのは凪だ。瑠璃は馬鹿馬鹿しそうに肩を竦めて見せた。
「何も? 貴方にだって分かっているでしょ。凪ちゃん。このままではダメなことくらい」
みなまで言う事はない。凪は顔を顰めると悔しそうに舌打ち一つ。私に再び目を戻すと細く白い掌を差し出した。
やはり痩せている。以前より頬の肉がそげてその大きな目が浮き立っていたる様に見えた。
「渡して?」
「……嫌だ、と言ったら?」
私は凪を見据えた。
「殺すわ――もう何も私を止める人はいないから」
どこかせっぱつまった双眸の輝きに、嘘ではないと確信した。叩きつけられる殺意に身体が硬直し心臓が強く響く。逃げなければならない。そう分かっているが何一つ身体は指一本として動くことが無かった。
「――つ」
こうなれば睨み付けることしかできず私はギリリと奥歯を鳴らした。私達、二人の間に流れる緊張感。ただそれは瑠璃が割って入ることによってあっけなく崩れてしまう。
「……千里。渡した方がいい――というか、渡してくれない? 悪いようにはしない。このままだと――芹が死んでしまうのよ」
覗き込む桜色の双眸に息を付く暇なく私は目を見開いていた。驚きに瞳孔が収縮するのが分かった。
「うそ」
思わず私は呟いていた。それが本当かどうか分からない。もしかしたら嘘なのかもしれない。けれど、どこか切迫したような空気と真摯な双眸は嘘では無いように思えた。
私は息を飲みこんでいた。
「――凪ちゃんも芹も『力』自体が命なの。力が無くなってしまえばこの世界から消えてしまう。――もうほとんど空っぽの芹はそんなに持たないでしょうね。凪ちゃんが必死に命を渡しているけれど。もう、彼女もまた持たない」
命を渡す。だから凪はあんなにやつれてしまったのだろうか。力を与えているから。
「……本当に死ぬの?」
「――ええ。死ぬわ。どうする? 千里」
絞り出すような言葉に心臓が跳ねる。『元』に戻って芹はどうするのだろうか。何をするのだろうか。
瑠璃に聞いた様にまた孤独になるのだろうか。それは嫌だ。
だけれど――私は凪を見た。
「どうするって、私――」
喉が渇いていた。唇も。冬だと言うのに微か額に汗が滲み、痙攣するようにして心臓が揺れる。同時視界も脳も揺れているようだ。私は気持ち悪い感覚に頭を押さえていた。
どうしよう。
どうすればいいのか分からない。鏡は大切だ。一族にとって。渡したくない。芹には死んで欲しくない。でも――孤独になんてなって欲しくない。例え彼が私の知っている芹とは別人だとしても、笑っていて欲しいのだ。やはりどう考えても彼は彼でしかないのだから。
どれも同じで動けない。何も選べなかった。
「あ?」
「何を悩むの? いいから、渡しなさいよ。私は、芹に死んで欲しくないの。彼だってそう願っているはずだわ」
刺すように言う凪を制するように瑠璃は私の隣に座った。
「千里。『あなた』はどうしたいの?」
「……え?」
桜色の双眸が覗き込む。すべてを見透かすようにして。私は思わず反らしていた。
「何も考えないなら、あなたはどうしたい? ――死んで欲しい?」
「そんな事言ってない!」
私は弾けるようにして叫んでいた。睨み付ける瑠璃の表情は何も変わらず静かに私を見つめている。
私は叫んでしまった自身が情けなく思えて地面に視線を落とし口を噤む。
「ごめんなさい――でも。生きて欲しいと思うのも事実だから。でも」
「……じゃ。それでいいじゃない。何を悩む? 鏡なんてただの『物』よ。また一から歴史なんて刻めばいい――それに芹の『この後』なんてあなたには大きなお世話なのよ――考えるだけ無駄だわ。千里。もう一度聞くね」
瑠璃は私の手を握る。しっかりと。それはそこに彼女が存在しているかのようにどこか力強い。
「あなたは、何を選び取るの?」
凛と声が私の耳に響いた。




