願い6
吐き出すように言うと、彼女は苦々しく笑う。
「え?」
「私、殺されたの。正確には殺されかけてその時の傷が元で死んだのが正しいんだけど」
――馬鹿みたい。付け加えてまた空を仰いだ。ただ揺れる双眸は別のところを見ているようだ。どこか遠い所へ。
「その時、芹は力を制御できなくなったの。元々その身体には過ぎた力だったらしいから。だから私が死ぬ前に身体と心。力を分割して封じたのよ。あのままでは確実に死を迎えていたし――死んで欲しくなかったから。絶対に幸せになって欲しかったしね」
「封印」
私は二対の鏡の事を思い出していた。長い時間一族の手元に置かれたそれ。彼はどんな思いでそこから世界を見ていたのだろうか。
それもまた孤独ではなかったのだろうか。
「それで、幸せになれると? ――私達一族に結局縛られた気がするんですけど」
瑠璃の想いも分かる気がする。私も――よく分からないけれど、多分そうするかもしれない。けれどそれはエゴだ。自己満足にしか見えない。それを言うのは間違いだと分かっているけれど止められなかった。
いっそ――おかしな事を考えて頭を振る。
私は初めて私達一族を恨む『凪』の気持ちが少し分かった気がした。
「そうね――そうかもしれないわね。その結果がこんな感じだものね。でも、彼が生きて幸せになることこれが最後の願いだった。エゴでも何でも――それが私の最後の幸せだったわ」
「でも――」
ふわりと瑠璃は私に向けて微笑んだ。なんだかそれが彼女の事を嬉しそうに話す芹と重なって少し目を落とした。
私が思う程、幸せで無かったわけではない。不幸だった分けでもない。そう言われている気がした。ここでそれを私が言うのは間違いなのだと。それこそが『エゴ』なのだと。
瑠璃は髪を掻き上げる。サラリと白い髪が耳もとに流れた。
「だから戻すため……助けるために、私は思念をここに残したのよ。二度と同じ過ちなんて繰り返したりはしない――って、あら。凪ちゃん。お久しぶり」
顔を上げるとそこには見覚えのある少女が立っていた。漆黒の髪と目がこちらを切れんばかりに睨み付けるように見ている。青い顔。前より些かやつれた気がするのは気のせいだろうか。
「瑠璃やっぱり。どうして――」
凪は歯ぎしりするようにして低く呻く。憎い。ただ一言だけがその両眼から響いてくるようだ。
「芹は――まぁ、いいか。そんな事より凪ちゃん。貴女はあの人に力を与え過ぎだわ。もう半分以上存在が消えかかっているわよ? それでいいのかしら?」
瑠璃は眉尻一つ動かさなかった。それに苛ついたのだろう凪は舌打ち一つ。ずかずかと瑠璃を無視するようにして私の前に立った。
黒い宝石のような双眸が私を見据える。相変わらず憎悪の混じったような光は怖いものがあった。私は負けないように息を飲みこむ。
「鏡を寄越して」
「これは――」
渡したくなどない。
「渡した方がいいわ。千里」
言ったのは瑠璃だ。どこか子供を諭すような優しい笑みが私を覗き込む。それを疑う様に。まるで反抗期の子供の様に私は彼女を見た。
「――嫌。これはとても大切なものだし、大体どうして芹を元さなければいけないの? もとに戻ったら幸せになれるの? もとに戻ることは必要なの?」
思わずカバンを持つ手に力が籠る。何度も言うが渡すことなどできない。鏡はいわば一族の歴史なのだから。
そもそも芹を元に戻す必要などあるのだろうか。『力』故に孤独になったのであればその力だけを封印しておけばいいような気がする。それに『元』と言えば私にとって元は封印されていた方の芹だ。どうせならその芹を返してほしいとも思う。
私は口を真一文字に結んだ。




