願い4
ここはどこだろうか。
気が付くと繁華街から外れて閑静な住宅街に入っていた。どこをどう来たのか覚えていない。ただ何かが私を呼んでいる気がしたのも事実だ。それが何か、誰か。と言う事は分からなかったけれど。
雪の舞う住宅街。誰もが息を潜めているように静かだった。赤いポストを通り過ぎ十字路を私は迷いなく右に曲がる。
私の前には神社があった。小さな社だったが手入れされているのだろう。古びてはいるが小奇麗だ。崩れ落ちている所は一つも無かった。
それに、と私は近くの樹に手を伸ばしていた。一体、ここにどれほど前からこの神社は存在しているのだろう。神社と併設するように植えられているご神木とも呼べうそうな木々はどれも太く立派だった。
「……はぁ」
疲れを吐き出すようにしてため息をつくと私は小さな賽銭箱の横に腰を掛け、冷え切った掌に息を吹きかけた。
携帯を覗き込むが当然の様に何の連絡も入っていない。時間に目を移すとまだ映画は始まったばかりのようだ。ため息一つ。とりあえずここがどこか確認誰してそれをカバンに押し込んだ。その後、守るようにして私はカバンを胸元に抱きかかえる。暖を取る様にしてと言った方が正しいのかもしれない。とにかく寒くて、身を小さくする。
どうすればいいのか分からなかった。逃げて来たものは良いものの。繁華街はそれほど遠くない。けれど戻りたくはなかった。もちろん家にも。何となく芹がいるような気がして。
『あの』芹に――会いたくなどなかった。見たくなかった。私はきっと期待していたのだ。笑いかけてくれると。話しかけてくれると。けれどもうそれは叶わないだろう。勝手な期待に自分でも腹が立つ。そして今でも期待していることに。もうわけが分からなかった。何もかもがバラバラになりそうだ。
私は硬く口許を結んで膝に顔を埋めた。
「どうしよう?」
一体どうすればいいのか私には分からなかった。たぶんどれだけここに居ても状況は変わらないし、鏡を持っている限り見つかるだろう。いずれはもう一度会わなければいけないのかも知れない。
「嫌だな」
ポツリと私は落とすようにつぶやいていた。
――夢ならいいのに。初めから。何も無かったように明日が来ればいいのに。
「こんな事なら――会わなければよかったのに?」
空気に響くような声。それはどこか懐かしいように思えて私は思わず顔をあげていた。
「え?」
目の前には『白い』女性が立っていた。白い小袖とそれと相反するかのような赤い袴。まるで巫女のような格好をした女性だ。銀とも白とも言えない髪が歩くたびにふわりと揺れ、その両眼は桜色をしている。
そう。些か私が知っている彼女とは年齢が違い二十代前半の女性だ。しかしながら紛れもなく『瑠璃』と呼ばれる女性の姿だ。何もかもそのまま成長させた感じだ。色香を艶やかに纏って。
どことなく彼女は空気に溶け込むような雰囲気を持っていた。
どう見ても芹ではないだろう。男性がここまでの色香を出せるわけが無かったから。
「でも、逢ったのは事実で何も変わらないわ」
くすりと微笑むと隣に音も無く座った。
「それに、芹はあなたを助けたかっただけなのに、可哀想だわ」
「――あなたは?」
「私は『中藤 瑠璃』よ――まぁ、とはいっても今では残留思念でしかないんだけどね」
雪の降る空をその整った顔は見上げ小さく笑った。綺麗で儚い笑顔。何もかもが別次元のレベルにある気がした。微かに心臓に引っかかるものを感じて無理矢理に蓋を閉ざす。




