願い3
私は我知らず握りしめた手に力を込めた。
「持っているんだろ? ――知っていると思うけどあれは本来『二対の鏡』だ。もう一つ無いと俺は『俺』に戻れない。だから」
芹は肩を竦めて見せると自嘲気味に喉を鳴らして、空を仰ぐ。
相変わらず雪は風に揺れるように舞っていた。次から次に。途絶えることなく地面に落ちては消えていく。
「もとに――」
私はぼんやりと呟いていた。何もかも頭に入ってこない。それを知らないのだろう彼はさらに続けた。
「身体と力。あの女の所為で、分割して俺は鏡に封じ込められた。で――身体は戻ったけど、力が戻らないってわけ。分かる? それに――」
ぐらりと視界が揺れそうだった。
あの女――おそらく『瑠璃』の事だろうか。彼女の事をあんなに嬉しそうに語っていた芹はもうここにはいないのだ。
私の事も覚えていない。
――もういない。あの笑顔ももう見ることなんてできないのだろうか。
私は悔しくて悲しくて、泣きそうな想いを抱えて地面に視線を落とした。
「今はさ、凪の力を借りてんだけど……って、聞いてんのか、アンタ?」
言われて私は顔を上げた。『うん』と言う代わりにニコリと微笑む。どんな顔をすればいいのか分からなかった。泣いていいのか、叫んでいいのか。頭が混乱している。すべて。だから笑うしかなかったのだ。
芹は私が笑ったことの意味が分からなかったらしい。驚いた様にして目を開いていたが暫くして私に合わせるようにしてニコリと口許を歪めた。ただしその目だけは笑っていない。
「なら、素直に渡してほしいんだけど」
苛立ちを噛み殺すようにして彼は笑顔のまま言う。じりじりと滑る様に間を詰めている彼は今にも私からカバンを奪おうとしているように見えた。
私は相変わらず張り付いたような笑顔で返す。
「嫌よ――貴方の力なんてどうでもいいもの。だいたい、私達一族――私には関係ないし、これは中藤家のお守りだし。せ――貴方は、一つ持って行ったからいいじゃない?」
先祖代々成長を見守って来た鏡。きっと骨董品としては値などつかないだろう。けれどこれにはたくさんの記憶が詰まっている。父も祖母も曽祖父も。そのまた先も。二つとも私の代で持ち去られたから顔向けができなかった。
それに――この芹には渡したくなどない。そう思う。とてもおかしいことなのだがそれは嫉妬と似ているような気がした。たかが鏡に私は――それが自分自身にも理解できなかった。
「お前っ!」
私は芹が何かを言う前に身を翻していた。微か彼の腕が私の腕に触れたが私はそれを振り払う。
とにかく逃げなければと思った。何もかも。すべてから逃げなければ。――すべてから。この心からさえも逃げたかった。
私は泣きそうな想いを抱えながら人並みをかき分けてただ走っていた。




