鏡2
「とにかく、ありがとう」
不穏な空気を打ち消すように私は声を明るくして見せる。
「はいっ、今度は美羽の感想も言ってくださいね」
そう言うとおそらく自分たちの食事があるのだろう。そんなに昼休みが長いと言うわけでもないのだ。彼女らは屋上を慌ただしく去って行ってしまった。嬉しそうに甲高い声をそれぞれ上げながら。
別にここで食べてもいいのに。そう考えるが何やらそうもいかないらしい。一抹の淋しさが残る。
私は愛想浮かべ軽く笑い手を振りながら疲れを吐き出すようにため息一つついた。そういえば誰かと学校で昼食を食べたのっていつぐらい前だろうか。と考える。入学した当初はまだ誰かと話したような気がするのだが。なんか悲しいくらい女子にモテ始めてから誰も寄り付かなくなった。
ある意味陰口に近い形で噂話をされているような気がするが、恐いのでネットには繋げない。ある意味泣きたくなる。ただそんな事ぐらいで泣くこともできないのも事実だけれど。
「……ったく」
私は一番小さなお弁当の包を解いて蓋を開けた。――今日はキャラクター弁当のようだ。私はアニメを見ないので分からない。なんだかクマを模した可愛らしいキャラクターがウインクしている。
不覚にも思わず微笑んでしまった。実の所、私は『かわいいもの』が好きだったりする。
それにしてもと、いつも思うのだが、一体どれほどの時間を使って彼女らはこれを作っているのだろうか。しかも朝早くから。やはりそう思うと突き返すことなんてできない気がする。そんな事を考えながら私は端にある卵焼きを土に含んだ。
「んん」
思わず私の口から零れて落ちる感嘆。甘くも無く辛くも無く。出汁がよく効いている。やはりいつもおいしいのだ。頬がとろけてしまうようだった。心の中にあった憂鬱が吹き飛んでしまいそうなほどだ。
私は案外簡単なのかもしれない。苦笑を浮かべる。
そんな折、軽い着信音がして私は携帯を取り出した。
――晃子からだ。
『今村 晃子』彼女は隣に住んでいる小学生からの幼馴染だ。親友なのだと私は思っているのだが。どうなのだろう。よく愚痴を聞いてもらったりしているのだが彼女からはそんなことなど一つも聞いたことが無い。だから時々本当に親友なのだろうかと不安にさえなる。それが性格であることは十分に分かっているのだけど。『親友なの』と聞いたところで今更否定などされないだろうが、不安はどことなく拭う事が出来なかった。
晃子は物静かでとても優しい。美少女だったが一度だってそんな事など鼻にかけたことなど一度だって無かった。知っている限り人に好かれている。
メールの着信。画面を軽く指で撫でるとメールボックスが開いた。画面に彼女からのメッセージが届いていた。
『ごめん。今日ちょっと課題があって一緒に帰れそうにないんだ。ごめんね――千里』
彼女との高校は離れていたが帰り道は時間を合わせて帰ることにしていた。もちろん今日の様に会う事が出来ない日も多いけれど。そういえば最近そんな事が多い気がする。仕方ないことだ。
何だ。少しつまらないな。そう思ったがそんなことは書けるはずもない。困らせるのは嫌だったからだ。簡単に『うん、大丈夫』とだけ打って返信した。違う学校だし課題には協力することもできない。
それにしても。私はなにやら心にもやもやする違和感に首を捻った。
再びお弁当をつまみながら私は何かを忘れているような気がする。課題――考えて空を見上げていたが、大きく目を見開いた。
思い出した。現代社会の課題明日の授業までではなかっただろうか。
「ん――ん!」
思わずごはんを飲み込んでむせかえった。無理やり購買で買った、苺ミルクで流し込むと変な味が口に広がる。私は大きく息を吸い込んだ。
「真っ白だ!」
私は脅迫気味に叫んで、慌てて弁当を口の中に駆け込んだ。