願い2
「絶対だって――もぅ、何で信じないかな? 共学になれば絶対持てるのに」
確か中学まで共学だった気がする。おまけに今は女の子にモテている。どういうことなのだろうか。大体容姿が万里のようであれば――。
思わず飲み込まれそうになる思考を停止するようにしてバンッと軽く手を叩いた。何に飲み込まれるのかは分からない。それはきっと考えてはいけないことだ。
「とにかく、この話は終わり。早く行こう? 何時からだっけ?」
万里は携帯を取り出すと画面を睨み付けた。それを私も覗き込むと細かく上映時刻が映し出されている。
「ええと、一番早いのでもうすぐ――」
「十分前だよね。いま、これ?」
そんなに遠くは無いけれど――と顔を上げた刹那。そこには見覚えのある人が立っていた。
心臓が止まってしまうかと思う程大きく跳ねた。何もかも凍りつく感覚。その眼は瞬きを忘れたかのようにその人を見つめていた。
闇を溶かしたかのような漆黒の目。整った顔立ちとしなやかな身体。サラサラと流れるような長い髪は軽く背で纏められている。にこりともしない青年は私たちをただ冷たく見下ろしていた。――そう。まるで私など見も知らないと言いたげな別人の様に。彼は表情一つ変えなかった。
別人、なのだろうか。あまりに似ているけれど。雰囲気は確かに違っている。あの人が持っていた穏やかな空気はどこにも無かった。
「せ?」
「どっちが、『中藤 千里?』」
分からない。そう言いたげに顔を顰めて見せる。
「――ああ、こっちだよ、こっち。私達、双子なの」
隣を見るとどこか嬉しそうな万里がいる。なぜだか自慢気な彼女の表情に私は嫌な予感がして顔を顰めて見せた。案の定と言うべきなのか、万里は私の背にほとんどぶつかるようにして身を翻した。だからバランスを軽く崩して思いがけなく青年の胸にうずもれる形になってしまう。
「――つ!」
声にならない声を上げて私は顔を上げた。一瞬だけ。強く心臓の音が鳴ったのはどちらの音だったのか分からないままに。
とにかく、何故こんな事をするのか。抗議しようと私は弾けるように万里に向き直ったが、彼女はすでにその場にいない。大慌てで私達から離れていたのだ。
人の目を惹きつけながら。
「え? ちょっと、万里――何で?」
振り向くとその麻色の髪がふわりと舞った。ニコリと微笑む彼女はまるで天使のように見える。
『頑張れ』と言う様に手をまるで振り子の様に勢いよく振られても、いったい何を頑張ればいいと言うのだろうか。
私は万里の背中を見送った後で、ため息一つついて顔を上げた。見れば見るほどその整った横顔は似ている。もはや似ているレベルではない。その一瞬一瞬の表情に、おもわず息を飲みこんでしまう程だった。
「あの、ごめんなさい」
――それにしても、また注目の的だ。浮き立つような感覚は見られている為か、彼が近くにいるためかよく分からない。私はきつく口許を結んだ。
とにかく早く立ち去りたかった。
「それで、あの――何の用……」
「鏡、持ってるな?」
窺いを立てるように言う私に突然突きつけられるような低い声。私は二、三歩ほとんど反射的に後退っていた。カバンの持ち手を握る手が反応するように微かに震える。
どうしてそんな事を知っているのだろう。その答えは一つしかないように思えた。鏡の事を知る人なんて一族以外いないのだから。
「え?」
鏡――。心の中で呟いて青年に目を向けた。あの鏡は覚えていて、『私』を覚えていないらしい。そんなのは嫌だった。だからこの人は別の誰かだと信じたかった。それはとても子供っぽいと分かっていてもそう信じたかった。
けれど分かっている。そうではないことを。
「……芹」
名前を呼ぶ声が震える。それを聞いて彼は眉を跳ねあげた。どうやら私が彼の名前を知っていることが意外だったらしいがそれに関して彼が何か言う事はない。
ただ小さく『ま、いいか』と呟いただけだ。




