願い
――あなたは、なにも望まない。望む前にあなたは大切な人の為に諦めてしまうから。望まなければ何も叶わないと言うのに。貴女が望みさえすれば私は――
雪が降っていた。いや、降ると言うよりは舞うと言った方が正しいだろうか。ふわりと舞うその雪は大きく掌に触れるとすぐに消えていく。何度も何度も。私は飽きることなく、ぼんやりとそれを見つめていた。
あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。よく分からない。とにかく私たちは一度も会う事など無かったし、先祖代々受け継がれ私が持っていた鏡も消えていた。それはあの人が私達一族――私と『もう関わらない』という宣言の様にも思えた。
何もそこまでしなくてもいい気がして私はぐっと唇を噛み締める。とても悲しかった。
「まぁ、鏡の事は仕方ないよ。パパもおばあちゃんも大丈夫だって笑ってたし。私の鏡があるのは大体この為なんだし」
そう言って隣で笑っているのは万里だ。彼女は私を励ますようにして明るく笑うとカバンの中から古びた鏡を取り出して私の手に置いた。重みのあるそれは私たちに渡されたもう一つの鏡だ。私が持っていたものと何一つ変わらない造形をしている。どこが違うのか分からないほどに。
心の中で何かが突き刺さる様に痛むのを感じる。
「いいよ。千里にあげる。そんなにあの鏡で落ち込むなんて。元気出して、ね?」
大きな双眸が心配そうに私を覗き込んでいる。そんな事で落ち込んでいる訳ではないのだが、その心使いがとても嬉しかった。
「……それを渡したくてここに連れ出したの? 万里」
私はため息交じりに笑いかけると万里は顔をクシャリとして照れたように笑って見せた。本人が気づいているのかどうかは知らないがやはりとてもかわいい。思わず頭に手が伸びたが本人に弾かれてしまう。どこか勝ち誇るような笑顔に私は苦笑を浮かべた。
――それにしても。
雪とはいえ、日曜日の繁華街。万里と一緒に来る場所ではないと思う。けして嫌いではないのだ。買い物とか映画とか楽しむことは嫌いではない。だけれど時と場所がまずいだろう。そして隣に居る人も。来たくなどない。だけれど断れば脅すようにして一人で来ると言い張るし、一人で万里が行動すれば嫌な予感しかしないのは必至で結局付いてくるしかなかった。
にしてもやっぱり嫌だ。万里に合うかどうかなのだろう。まるで品定めされるような視線に逃げたくなってしまう。
ただ、一つだけ救いがあると言えば晃子がいないと言う事だろうか。
私は我知らず大きなため息を吐き出していた。息は白く、すぐ空気に溶けて消えていく。
「――帰りたい」
思わず言葉にしていたようだ。私は慌てて口を噤んだがどうやら時すでに遅い。万里は『逃がさない』とでも言いたげに私の腕に自身の腕を絡めて見せた。
不敵に口許を歪めている。
「帰っちゃだめだよ。映画見るんでしょ? あの映画見たいって、言ってたじゃん。――それに大丈夫だって、千里。皆、千里を見てるの。千里は美人だから――それに私が美人と言うなら万里もだよ? 大体、双子だし」
私たちに似ている所なんてその双眸ぐらいではないだろうか。と思う。灰色の双眸だけだろう。その為、子供の頃私は捨て子なのではないかと思ったほどだ。
絶対に一卵性などではない。確信が持てる。
「慰めはいいよ。万里」
散々万里や両親から聞かされて来た言葉にうんざりして私は軽く『はいはい』と軽々しくあしらう。




