明星9
どうしてだろう。すべて重なって見えた。なにもかも。漆黒の目をした青年に。
思わず心臓が反応するように小さく震える。
「――こんな時間に知らない私が訪ねても返されるだけでしょう? ――迷惑かとも思いましたが。気になっているかと」
ちらりと時計に目を向けると十時を回っている。私を呼び出すには遅すぎると判断したのかもしれない。
「だけど。どうして? 酷く疲れてる――凪と何かあったの?」
何も無くはないはずだ。芹は晃子の姿のまま小さく息を吐き出した。ただ、覗き込む私から一瞬目線を外したのはなぜだろう。少しだけ傷つく。
「話し合いを――大丈夫です。もう凪があなたと接点を作ることはまずないでしょう」
一体疲れ切るまでどんな話し合いをしたのだろうか。あの憎悪が今でも頭から離れないのだけれど。
「――すいません」
私の心を察したのか些か困ったようにして芹は謝った。
「とにかく何か飲む? 温かいものがいいよね。冷え切っているし。疲れを取る物――ミルクとかでいい?」
「――いえ。すぐお暇しますので」
何となく少し寂しく感じた。
「そう?」
私は坐り直すと芹を見つめた。本当によく似せてある。髪も、目も。その仕草でさえも。すべて彼女だ。
「あ、あの?」
気づくと思わず手を伸ばして頬を撫でていた。――どうなっているのか知りたかったかに過ぎなかったが、困ったようにしている芹の双眸と目が合って慌てて手を離す。
声にならない悲鳴。恥ずかしすぎて、顔が耳まで赤くなっていく。
「うわぁっ! ごっ、ごめんなさい! ――いや、どうなっているのかと」
何しているのだろう。もう自分でも分からない。
芹はくすくすと声を上げて笑った。
「かまいませんよ。やはり、なんだか瑠璃様にあなたは少し似ている気がします」
「……え? 瑠璃って私達一族の始祖?」
確かそう言っていた。そして芹が好きな人――。私は顔を上げた。芹がしていたあの白い少女の姿が鮮明に頭の中に蘇る。美少女。どの辺が似ているのだろうか。天と地の差だろう。大体――。
「え?」
考えてしまったことに思わず間抜けな声を出していた。不思議そうに見る芹に引き攣った笑いを浮かべて見せる。微かに頬が朱に染まっているのが分かった。ごまかすようにして声を発していた。
「あ?え?――いやええと――確か芹の?」
「はい。自慢の妻です」
サラリと声には何の淀みも無い。邪気ない言葉はどことなくナイフの様に私に突き刺さる気がした。しかも満面の笑顔だ。
私は声を無くしてしまっていた。何を思っていいのだろう。何を考えていいのだろう。よく分からない。ただ思うのは――そう。とても嬉しそうで幸せだ。だろうか。
なのに、どうしてだろう。何か痛いと思うのは。
「あ、ええと。そうなんだ」
考え無いようにして、私は固まった表情筋を無理やり歪めて見せた。それに合わせるように芹も苦笑を浮かべて見せる。
「――凪の事。すいません。私にとっては本当に妹のような者なのですけどね。千里様にご迷惑をかけてしまいました」
私は鉛の落ちたような心のまま小さく首を振った。
「実際驚いたけどね。怖いし。でもそこまで気にしてない。きつとあの子も芹の事心配しているだけだから――私がこき使っていると思ってるみたいで」
ただ、あれはいつまで続くのだろうか。と思うと憂鬱だ。『そんな事などしていない』と話し合おうとしても、話を聞いてもらえなさそうだし、最後は殺されそうな予感すらする。嫌でも笑顔が引き攣った。




