風花4
「大丈夫?」
言われて私はゆっくりと目を開いていた。ぼんやりとしている頭はうまく働かない。どこなのだろうか、と見回す私の視界に入るのは窓だった。その向こう側、景色ゆったりと景色が流れているのが分かった。カタン、カタン。と規則的に聞こえてくる音は再び眠気を誘う。
電車の中に居るのだとようやく私は理解した。
茜色に染まった日差しは些か暗くなった車内を照らし出している。
「――晃子?」
夢だったのだろうか――何もかも。そう軽く首を捻り、覗き込む少女の顔をまっすぐに見る。彼女は苦笑を浮かべると私の頬を抓った。
いつもの笑顔に安心する。
「寝ぼけない。――でも、大分うなされていたけど、大丈夫?」
心配そうに覗き込む。
「うん。でも。何の夢だかすっかり忘れたんだけどね――でもその前に見た夢が酷いの」
私は『喧嘩して――』と言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。思い出した。あれは夢なのではない。つい二日前の事だったはずだ。確か、あの後メールのやり取りをしてそれから今日一緒に帰ろうと言う話になって。
眠りこけた。
私は酷く自己嫌悪に陥ち入り頭を垂れた。
「なに?」
「――え?いや。ごめん。誘ったのに眠りこけて。なんか話したい事いっぱいあったはずなのに」
がっくりと肩を項垂れた。
いろいろな事を聞きたかったはずなのだ。この間――最近話せなかった分。一之宮の事とか、学校の事とか。あの時の事ですらまだ誤っていないと言うのに。
けど。なんだか出鼻をくじかれた気がする。なんだか泣きそうになった。
「大丈夫よ。千里らしいもん。どうせ学校で虚構張って一人なんでしょ?」
そういえば学校の現状を逐一報告していたのを思い出した。決して虚構を張っている訳ではないのだ。周りがそう思っているだけで。
しかしながら痛いところを付かれて私は顔を引き攣らせた。
にしてもこう話すのはすごく幸せだと考える。こうして晃子と話せるのは嬉しい。本当に。
「こんなにかわいいのに酷いよね。でも」
その言葉に被せるようにして車内アナウンスが流れた。独特の抑揚とテンションの名物とも言える車内アナウンス。ある意味うるさいのだが一年以上聞き続けるとさすがに慣れる。
「あ、次だ」
間抜けに言って立つ私の前。一人の少女が遮る様に立った。同じ年頃だろうか。見覚えの無い学生服を来た彼女は私を見つめて離さない――というより憎しみを叩きつけられるように見られていた。まるで親の仇を見るかのように。
見覚えの無い憎しみに私はたじろぐしかなかった。
「え? あの」
「芹は?」
少女は低く唸る様に言った。
芹――あの少女の事だろう。実のところあの昼休み以来会っていない。昨日も屋上に行ってみたが顔を出すことは無かった。やはり勝手にメールを送ったことに対して怒ったのがいけなかったのだろうか。ただ落ち込んでいるようにはどうにも見えなかったけれど。
「知り合いなの芹ちゃんの?」
「へ?」
言葉に私もその少女も弾けるように晃子を見た。当の晃子は何か変なことを言ったのだろうか。と言う表情で目を何度も瞬かせていた。
「ええ? だって昨日会って。千里の友達だっていうし。違うの?」
もう一度車内アナウンス。それと共にゆったりと滑るようにして電車がホームに入っていく。錆びたブレーキ音が辺りに響いた。
「あ、とにかく。出ないと」
どこか空気が抜けるような音と共に開く扉。それを待ち構えていたかのように乗客が降りていく。
その流れに乗るようにして私たちも降りた。
「――とにかく、芹はどこ?」
再び電車が滑りだしたのを確認するようにして少女が口を開く。相変わらずの憎しみがそこにはある。私が一体何をしたというのだろう。
微かに声が震えるのが分かった。だけれどそんな事感じ取られたくない。と思う。私は奥歯を噛んで無理やり震えを止めようとした。
「知らないよ。――私だって一度会っただけだし。何なの?」
「私は『凪』よ。いい? 『中藤 千里』今後一切あの人に関わらないでくれる――もう二度と」
漆黒の双眸は芹と同じ暗さを持っているように思われた。吸い込まれるような漆黒。彼女もまた人では無いのかも知れない。そう、思った。
「あの――あなた、もしかして芹ちゃんが好きなの? ――嫉妬?」
なぜこの状況でそんな考えが出てくるのだろう。能天気とも言える声を晃子は思いついた様に発していた。しかし必ずとも的を外れていた言葉でもないらしい。




