風花3
私は睨む様に芹を見たが彼女はまったく動じることは無かった。
「ここで千里様を逃せば、きっと私とはこうしてお話してくださいませんから」
確かに。怖いので逃げ回る気でいたのだが。見透かされているのであれば仕方ない。離してくれそうもないし。私は覚悟するように大きくため息一つ。芹の横に座りなおした。
不快そうに少し顔を歪めていたことは否めない。
「で、何を話すの?」
ぶっきら棒に言うと肩を揺らしてなぜかくすくすと笑う。
「かわいいですね。千里様は」
「――はっ?」
そんな事を美少女に言われると何となく馬鹿にされているようで嫌だ。しかしそんな事も気にすることなく桜色の双眸が私を覗き込む。
それがあまりにもきれいで宝石のようであったので私は一瞬だけ思わず見惚れていた。一瞬。けれどすぐにそれに気づいて私は思わず目を反らす。
「まぁ、いいです――前にも言った通り、私は鏡に住んでいる精霊です。代々中藤一族の長子の願いを叶え護ることが私の使命です。つまり、千里様の」
「どうして?」
私も由来までは聞いていない。しごくまっとうな質問に彼は目を細る。まるで何かを懐かしむように。
彼女は空に目を向けた。
「私は瑠璃様――千里様のご先祖に命を救われまして。それのお礼です。だからあなたの願いを叶えにここに居るんですよ」
昨日の夜の事が脳裏に鮮明に蘇えって来るのを感じた。一瞬にして頬が朱に染まる。私はそれを隠すように顔を反らしたがそんな事意味など無いことは分かっている。
あの時の事は確かに嘘ではない。ただ感情のままに言ってしまっただけで。それがあまりにも恥ずかしすぎる。
忘れて欲しい。私がそう言う前に、ニコリと微笑み芹は小さな口を開いた。
「貴女は願いましたから、私は叶えなければならないのです――助けてと」
「……私は」
今となってははもう何を助けて欲しかったのか分からない。たぶんあの『時』、本当に苦しくて、最悪な気分から抜け出したかっただけの様にしか思えないのだ。
だから。落ち着いている今は意味などそうなさないように思えたし、私は彼に今現在として特に何かしてほしいとは思わなかった。
「でも、もう――?」
迷いの無い彼女の視線とは対照的な私の踊る視線。それを無視するようにして、少女は軽く掌を合わせるように叩いた。何かを思い出したように乾いた音が軽く響く。
彼女はポケットから携帯――私のだ――を取り出すと差し出した。私は一瞬なぜ芹が持っているのか分からなかったのだが、どうやらあの時受け取るのを忘れてしまっていたらしい。
「では、まず。晃子様に『ゴメンナサイ』と送りましょう――心配を深くなさっているようですし。このまま終わるのはいかがなものかと思います」
彼はそれが何でもないことの様に言った。確かにそうだろうがそんな単純なものであるのだろうか。大体、なぜ晃子の事を知っているのだろうか。
「う、うん」
考えながら、私は携帯を受け取ると表示画面に唖然とした。
「これは?」
にこりと笑う少女。もちろん悪意の一つも感じることなどできない。それどころかなんだか誇らしげに見えた。『いいことをした』と言いたげに。
どう考えても迷惑の何者でもないのだけれど。私はカタカタと震える手で携帯を握りしめた。
「大丈夫です。私きっちり送っておきましたから」
いつの間にそうしたのだろうか。画面には『メール送信成功しました』と書かれて、もう遅いのだと知った。
――だけれどそれでよかったのかもしれない。




