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ポテト  作者: 春 茜
8/19

朽ちていく世界

 「シルバー」をトランスポーターに乗せた。


 城山さんは運転席に座ると、「午後2時に純子が車で駅に迎えにくるから。彼女の車で来て。話はしてあるから。午後2時ね、それじゃ会場の宿で」と告げると、行ってしまった。


 チーム男性10人が先行してトランスポーター三台で松本に向かう。

 補習授業のあるポテトと応援メンバーは、後から向かう。

 城山さんのトランスポーターを見送ると、「純子さん……かぁ」と、ポテトがため息をついた。


 きれいだものね、純子さん。城山さんの彼女、恋人。

 ポテトは、うらやましい?


 「見た目もかなわないもん。お金持ちだし、行動派だし、かっこいいし。脚、ほそいし。ソバカスもないよ。うらやましいよりも、勝てないよ」

 元気よく、いい切って、帰りの自転車を取り出した。


 あこがれ?

 「かもね。いい男といい女だもん。でも、城山さんは……好きなんだ」

 うん。すなお。いいんじゃないの。ポテトらしい。


 とっちゃえば。

 略奪の恋。

 若い娘ほうがいいって、いって。


 「略奪なんて、やだー。ムリ、無理。ありえないって」

 真っ赤になって。手を振っている。


 本当は奪いたいんじゃない。


 「でも……、大好き。奪える、かな。……ムリっぽい。さあ、帰らなくっちゃ」

 配達用の自転車に荷物を載せる。

 スタンドを力いっぱい蹴り上げて、駐輪場から自転車を引き出した。


 自転車を押し出す。

 ステップ2つで乗り上げる。

 スカートを跳ね上げて、サドルに座ると、全力で走り出す。


 道路イッパイに、梅雨の陽射しが広がっていた。

 明日も晴れる。

 

 おばあちゃんと暮らす自宅、経由、学校。

 とりあえず、おばあちゃんの朝ごはんだ。


 「おばあちゃん。ただいま。元気? ご飯もらってきたよ」

 玄関から居間に入る。

 居間のテーブルや床に、植物が置かれている。

 足が悪くなり、長い時間、立ち歩けないおばあちゃん。

 大好きなガーデニングを居間で楽しむようになった。


 家の中に土と枯葉を持ち込んだから、室内に虫が出るようになった。

 グラスハウスのように、人が暮らせない居間となった。


 おばあちゃんは、ベッドルームにテレビを持ち込んだ。

 ベッドルームで食事を取るようになった。

 その扉を開けた。


 白い頭髪にウィッグを載せて、少しファンデーションを塗って、口紅をつける。

 シワには仕方ないっていうけど、シミには困るっていう79歳。


 紅い花が好きで、いつも居間から持ってきて飾る。

 今日も、女性をしている。


 「おかえり。美鶴。ありがとう。優しいね」

 「これ、麻婆豆腐。ケチャップ味だから、辛くないって」


 「最近、ごはんが美味しくないね。雑穀は嫌いだ。意地悪しないでほしいよ」

 台所に向けて立ち上がった。ポテトも一緒に台所に入る。


 おばあさんが味噌汁とお皿をお盆に載せると、ポテトが運んだ。

 テーブルに、介護センターが作ったケチャップ麻婆豆腐と煮魚、ごはん、味噌汁が並んだ。


 「メニューだから、仕方ないの。今日は、入ってないよ」

 「うれしいねえ」


 ポテト、おばあちゃん、相変わらず、だね。

 「ごはんに、好き嫌い多いよね」


 食べ物が美味しい時代の人だから。

 食べ物が豊富にある時代の人って、ガマンできないんだね。

 「だね」


 「美鶴、相変わらず、聖霊とふたり、なのかい」

 「うん」

 「かわいそうな娘だ」


 「かわいそうじゃないよ」

 「そう」

 「私の聖霊さん、だもん」


 「神様のお導きがあるなんて、すばらしいことだね」

 ポテト、そろそろお祈りして、ごはん食べないと、補習に遅れるよ。


 「うん。おばあちゃん。そろそろ、食べよう。私、でかけるから」

 「そうだね。ごはんにしよう」

 「お祈り、するね」


 手を前で合わすと、ポテトが、朝食前のお祈りをはじめた。

 おばあさんも手を握って目を閉じて、テーブルの上で手を組んで祈り出した。

 テレビからニュースが流れていた。


 「天のお父様、今日もあたたかな食事と美味しい飲み物をいただきました。感謝申し上げます」

 テレビでは、中学生と高校生の男女数名が、クラス・メイトの家族から、数百万を騙し取った事件を報道している。


 「今日も、おばあちゃんも私にも元気を与えてくださり、感謝申し上げます」

 続いて、ローティーンの事件の発生率は可処分所得の低さに比例すると文部省が発表。結果、子供同士にも差別意識が蔓延していると、ニュースキャスターが話している。


 「仕事先の人々、学校の先生や友達、自転車を楽しんでいる先輩達、多くの人々がおばあちゃんと私を見守ってくださり、感謝申し上げます」

 切り替わって、ヨーロッパの投資会社の破産により、連鎖破産となったボランティア育英会。新たな事件が起きた。役員が自殺したとテレビから声が聞こえた。


 「今日一日、よりよい一日になりますようお導きをくださいますようお願い申し上げます。すべてはイエス様の名前にて申し上げました。アーメン」

 お祈りが終わると、おばあちゃんと一緒に朝ごはんを食べる。


 「一緒じゃないと、美味しくない」と、おばあちゃんがいう。

 だから、ポテトは、配達会社で食べても、家でも食べた。

 ポテトにとって、引き取ってくれたおじいちゃんとおばあちゃんは恩人だものね?

 「うん」 


 おばあちゃんとおじいちゃんがキリスト教徒だった。お母さんも、お父さんも。だから、この家に来る前から、ポテトはイエス様と暮らしている。生きるために、イエス様と呼んでいる。


 「そう。おばあちゃんのためだもん。おばあちゃん、ねえ、美味しい?」

 「美味しいよ」と、にこにこっ、と笑った。


 「テレビ、面白い? 消していい?」

 「何もないから点けてあるだけだよ」


 「他の番組にしよう」

 「ニュース、暗いからね。変えていいよ」


 「うん。でも、どこもニュースっぽいんだよね」

 ポテトは悲しい。でも、どこの家の老人も似ている。


 することがなくなって、時間だけがたくさんあるって、いうね。

 テレビが点けっぱなし。見てないのに。

 思い出ばかり、話しているね。


 「新しいことが、ワカラナイって」

 だんだん朽ちていくことが、嬉しいなんて思えない?


 「思えない。思いたくない。街のどこも朽ちている」

 そろそろ、学校に行かなくちゃ。


 「行ってくるね、おばあちゃん」

「どこへ?」

 「学校だよ。学校に、補修を受けにいくの」


 「そうだね。今日は、教会の昌子さんと百恵さんと、踊りの会にいくだったね」

 「そう。楽しんで来てね」


 「美鶴も、お友だちと仲良く、ね」

 「それで、ね、明日、友だちと部活で山にいってくるから。話したよね。大丈夫? 教会から迎えに来るから……ひとり……大丈夫だよ……ね」


 おばあちゃんの目を覗き込んだ。

 「そうだったね。行っておいで。クロスは身につけているかい?」

 「うん」


 「ダイジなこと。つねにお祈りするんだよ。ところで、ゴミは、どうしたね」

 「今日は、土曜日。出せないよ」


 人と話すことで、自分を確認するおばあさんの毎日。

 悲しくなりながら、断ち切った。

 「もう、いくね」

 


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