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ポテト  作者: 春 茜
5/19

スポンサー ヤクザさん

 亡くなった両親が自転車好きだった。

 この街の近くの山間でサイクリスト向けのペンションを開いていた。


 自転車に乗って、よく山の中で遊んでいた。

 おじいさんも大の自転車愛好家で、老年に新聞配達をしていた。


 両親が亡くなり、祖父母と暮らすが、お金がなくなってきた時のことだ。

 おじいさんの縁で、同僚だった冴子さんたちと知り合う。


 ポテトは、新しく冴子たちが作ったアカウント・センターでボランティア研修員という名目で働くことができた。中学生だったけど、事実上、働いていた。ポテトたちのようなボランティア少女をワーキング中学生と問題視する人もいるが、売春防止にはなっている点で、昨年から認められるようになった。


 ポテトの仕事とは、新聞やオムツ、介護用品の配達。

 先輩たちはケア・ヘルパー、ホームキーパーとしても仕事にしている。

 もちろん介護者登録と試験を経てのお話し。中学生のポテトには無理だった。


 高校中退して社員になった娘もいる。スタッフに女性も多く、明るい職場だ。

 しかし、職場環境は楽しいものではなかった。

 ヤクザの影もついてまわり、ポテトを蝕んだ。


 「この国から出たい。この固まっちゃった所から自由になりたい」

 そんなとき、城山さんがポテトに会いにきた。


 むちゃくちゃ速い自転車乗りの少女の話に、自転車部の精鋭が引き寄せられた。

 大学の自転車部の練習に誘い、ツール・ド・フランスの話をした。


 ツールは夢じゃない。

 ポテトの現実になった。



 「ポテトちゃん。また一番かい、速いよ」

 ヤッサンは、プロの配送ライダー。配達用スクーターを使い、二時間で四400を超える配達を軽々こなしている。43歳だという年齢だが、見た目は60歳にも見える。


 昔から新聞配達を専門にしていた人には、かなり変人が多いとポテトがいう。

 そのとおり。声をかけてきた、ヤッサンもその一人だ。


 パチンコで生活しているらしい。

 パチンコで家が建つと、本気で信じている。


 「ポテトちゃんには勝てねえ。本当に速いな。バイクで勝てないライダーが自転車乗りだから、まいっちゃうぜ。全開満開確変一発ラッキーセブン、値千金いい足してるぜ」

 「ありがとうございます。片手配達をヤッサンが教えてくれたから。今日も速く投げ込めました」


 「いやあ、謙遜、謙遜。先月、先に付いたのは10日だけ。今月は、2日だけだ」

 「ヤッサンのほうがスゴイですよ。部数、私、250くらい。ヤッサン、400以上でしょ。遠いところだし。私、近い。駅前と、向坂町のあたりですから」


 「それでも、大学生の自転車部員が勝てないって、城山のヤツが話してた。無敗の脚だろ。すごいパワーだ」

 「ヤッサンのパチンコのほうがスゴいですよ。私の脚、お金が稼げないもん」


 「明日のレースで優勝すれば、ツール・ド・フランスに行けるかもしれないんだろう。フランスだよ。行ければ、変わるよ。フランスで賞金が取ってこれるんだ。おれは、浅間町のパチンコで勝負かけても、新宿どまりだ。ヤクザになしつけても、フランスには行けないからな。あはは」

 タバコで茶色くなった歯を見せて、笑う。

 ポテトが、あいまいな笑顔で返す。


 私はポテトに尋ねた。ヤッサンのジョークの質が低すぎる?

 「うん。イヤミだ。本当、ヘビーなベタ。やだやだ」


 あまり嬉しくない横顔をマジメな微笑みで覆うが、本心が見え隠れしている。

 「ヤクザさんだって、大切なスポンサーさんだよ。私のフランスへの賭けに付き合ってくれたのが、ヤクザさんだっただけ」といいたい。


 反論しないのか、と私が声をかけた。

 「無駄、分かってもらえない」そういうと、投げた。


 「明日は、八ヶ岳だっけ、自転車で山登るんだろ。レースだろ。レース。すごいよ。応援に行くからね」ナベじいさんも話に加わった。赤い鼻をぴくぴく動かしている。

 場所が違う。他人の理解なんてそんなものなのか?


 ナベさん、本名は渡辺さん。65歳だろうか、赤い鼻に毛糸のキャップがトレードマークのじいさん。ヤッサンとはパチンコ仲間だ。スロットルが得意だというが、ポテトには興味もない。若い頃は、美男子だったというが、ポテトには、スケベジジイにしか見えない。女の子の周りで鼻を動かしているのに、ポテトはガマンしている。「若いギャルのにおいがする。この臭いが若さの秘訣だ」というのだ。下着が盗まれそうで、イヤだ。


 ナベさんのは、ジョーク以前の問題かな?

 「うん。ナイフがあったら刺したい」

 本音だ。


 二人が、新しいパチンコ台の確変出現率の優劣を話し出した。

 この二人がそろうと、競輪、競馬……、賭け事ばかりの話題になる。

 少女たちに嫌われているのだが、彼らは平気。開き直っている。


 毎日、早朝から、こんな大人たちと話していると、自分も病んでいくような気がする。

 毎朝、気が重くなる。すぐに帰りたい。


 いつもならすぐ帰る。

 今日は、城山さんを待っているからガマンする。


 ポテトは、着替えを持つと作業ルームを後にして、シャワールームに向かった。


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