プア・ジャパニーズ
配達を終え、ポテトはセンターに戻ってきた。
「ポテト! おかえり、おつかれ~。今日もトップだね」
センター長の冴子が笑顔で声をかけてくれる。
「冴子さん。ありがとうございます」
冴子は、センター長。ロングヘアのチャイニーズ美人で、販売グループ一番のハードなワークホリッカーだ。しかもバリバリのS系。超ポジティブ・シンキングの持ち主。血液型はBだ。
S系らしさそのままに、キリリっと切りあがった目元で相手を定めると、すばやいマシンガン・トーキングを開始する、めちゃくちゃ頭がいいのがわかる。
彼女の嫌いなものの一つが男のメランコリーとロマン。トロイ男には、きっつい言葉をつねに用意している。現・社長の愛人でもある。
「ポテト、今日も一番。でも、いつもより五分ほど遅いね。なにかトラブルか? 調子が悪いとか?」
「元気! トラブルありません」
「よかった。またトラブルでもあったかと思ったよ。明日、休みでしょ。あさって休刊日で二連休ね。トラブルなければOKよ。代わってくれた亜衣ちゃんと直美ちゃんにちゃんと、お礼、いってね」
「はい」
「ポテト、ホント、いい娘。いろいろあったけど、がんばっている。仕事もできて、最高だよ」と、笑顔を作る。
ポテトもつられて笑顔を返した。
ロッカーから、着替えの高校の制服を取り出した。
ポテト、冴子さんって、中国から日本の大学に来て、社長と結婚したんだよね。
「そう。バイトで新聞配達をしている時に、社長と出会って、愛人になったんだって。色とお金の略奪の愛って話」
でも、彼女が日本の販売店で働いている理由が、単に愛情とセックスだけでないことを、ポテトも知っている。
「そう、プラス、ビジネス」とポテトがうなずいた。
ポテトが戻って、十数分もたつと、センターに、つぎつぎ、自転車とバイクが帰ってくる。すべてがオリジナルのピンク色、前かごと後ろに二台、それも50センチを超える専用キャリアタイプが付いている。
脇には大手運送会社の黒猫キャラクターと上場製紙会社、上場医薬品会社のキャラクターロゴマークが並んでいる。新聞社の名前も付いている。
表通りには、7のロゴマークがついたコンビニエンス・ストアがある。
ここは、いわゆるコンビニ。それに介護センターの機能をもつ地域の小口物流ステーションが併設した地元活性ビジネス企業だ。
国内は消費力減少で仕事が減少していた。
冴子たちは、新聞配達会社から買い取って、この都市の小口配送ビジネスを立ち上げた。人口の40%を超えて増え続ける老人のネットワークに対応したビジネスだ。契約先の老人への小売業と配達事業と介護サポートを一体化したケアワークステーションを日本で始めて誕生させた。その中核が、冴子が店長経営しているアカウント・センターだ。
実績をもって、中国に帰るのが冴子のプランだ。
まもなく中国でも急激に老人が増える。
彼女にとって、日本はテスト・マーケットなのだ。
ポテトは、その駒として働いている。
2012年の大連立で政治の指導力が低下し、古いシステムに再度飲み込まれた日本に、EU加盟国のデフォルト騒ぎと温暖化による農業生産の低下が引き金になった世界経済悪化の荒波は痛かった。世界経済悪化が始まって三年目。過去の成長戦略に蝕まれていた日本経済がより低下、税収増加以外の知恵も働かず、折り返すことのできない日本の行政に解体が求められたが、だれもトリガーを引けないまま経済がより低迷していった。
温暖化による世界規模で農産物生産量が減少、世界的インフレーションの荒波が人類をもみ洗う。日本の地に、食べられない子供と青年が現れた。
老人を食べさせるために機能する社会。
打ち捨てられた人が都会の路上に歩く。
売られた子供もいる。
日本の中で膿んでいる人々、彼らを世界の人々はプア・ジャパニーズといった。
プア・ジャパニーズ。
日本に見捨てられた債権大国の極貧者たちの名前だ。
中学生や高校生の少女の中に、薬中が増えた。売春している小学生もいる。
相手が金持ちなら、チャイニーズもOK。金の流れがプライドを反転させた。
日本には銃がなくてよかった。
欧米のアナリストの発言だ。
今年、15歳以下の人口の内、年200万円以下の世帯にいる子供数が40%に達した現在。銃刀法があったために、ストリート・ギャングや武装した反政府組織の誕生を抑えられたからだ。他国なら、中学生でも氾濫を起すだろう、そう酷評された。
ポテトもプア・ジャパニーズ・キッズの一人だ。
16歳になった一昨日、親もなく、身よりは父親の母親、つまりお婆さんだけだ。お婆さんが年金受給者で介護が必要でも、親権者が収入を得ているか、エアコンとクルマ、お風呂のいずれかがあれば、生活保護などの社会的救済の対象にならない。よって、ポテトは生活保護が受けられない。自分で金をつかまなくてはならなかった。
社会的救済を受けて満足している人が受給者の80%強にも達している状況に、給付条件の改善がなされず、需給条件が厳しくなり、大勢の生活難民を輩出した。
困窮した人々だから、プア・ジャパニーズから抜け出せない。
ポテトは、自分の衣食を、自分でそろえるしかない。
遊ぶなら、学ぶなら、飾りたいなら、自分でつかむしかない。
3年前、両親が亡くなった。
ニュースペーパー配達のバイトを始めて2年と3ヵ月目に、ミツルは中学を卒業した。
ポテトは中学生だった。高校生になるのに道が狭かった。
仕事を見つけて、高校に行きたかった。難しい。
日本からは出られない。出るための金と教育と繋がりがなかった。
金策してくれた先は、暴力団だった。可処分所得の大きな暴力団は、
いまや地方都市の事業家にとって経済的生命線になっていた。
ポテトの借金は、金利が法定内だから、法律的問題はないが、影が付いて回った。
人身売買。それがアンダーグラウンドの経済のひとつなのだ。
体でも売ってみるかと、いわれた。
犯されそうになった。
だから、日本で生きるのに、働くしかなかった。




