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ポテト  作者: 春 茜
3/19

ポテトの夢 ツールと彼と

 少女は走る。


 自転車で駅前のメイン・ストリートを駆け下りる。


 川沿いのバイパスを横切り、橘橋を渡り、九十九休坂に至る。


 九十九休坂、川向うの町を駆け上っていく、きつい坂だ。しかも曲がりくねっている。

全長約1キロ程度で120メートルアップしている、傾斜10度超える急坂だ。


 名前が九十九休とは、登るときに99回休まないと上れないという。


 その名前どおり、自転車で坂を登る時に10人に8人以上は歩く、いや10人か。

 自動車でもローギアでないと登れない。そこを、ポテトは荷物を載せた自転車で軽々と登る。


 ポテトは、ダンスをしない。

 ダンス、いわば立ち漕ぎ。ペダルの上に立ち上がって、体重をかけて坂道を登る。

 自転車独特のテクニックで、左右前後に体を振る姿から、ダンスといわれる。


 ポテト、いや、ミツルはダンスしない?

 「ポテトでいいよ。いい直されるのは、もっとキライだもん」そういうと、千メートルを百部の新聞の山を載せたまま走り抜けている。呼吸が荒くなっているけど、ダンスをせずに重い自転車を乗りこなしている。「ダンスしないよ。できるだけ、座ってこぐよ。ダンスすると、すぐに終わっちゃう。ダンスって疲れるのが早いから。ダンスして長く走れるように練習したけど、私、小さいから不利なんだよね。最後の最後の手段にとっておくんだって。あのね、城山さんが、ね。自転車競技では、抜くとき平乗りでフワリと抜くと、いいって。ポテトにフワリと抜かれると、絶対、抜かれた相手が落ち込むって。ふわりと抜くと勝てるって、城山さんが教えてくれた」

 唸るようなチェーンにペダルをとおしてチカラをかけ続けるポテト。


 少女は太腿と下腹部に、大きなスペースをつくり、

 サドルの上で腰をグラインドさせている。


 少女は息を吐く。吸う。

 荒くなる呼吸をコントロールしていた。


 でも、ポテトはおしゃべりをつづける。


 城山さん、いい人だね?

 「うん」


 日明大学の自転車部のナンバーワン?

 「一番だよ」


 今回の、美ヶ原高原ロードレース遠征チームのリーダーだね。

 「そう」


 しかも、ポテトを助けてくれた。

 大学の自転車部に入れてくれた。行動派のナイスガイだよね。

 「うん」


 ボーズのヘアスタイルに、タイト・パンツがカッコイイよね!

 「めちゃ」


 フランスに行く話をしてくれた?

 「いっぱい、ね、してくれた」


 医学部で、カラダのことや自転車の乗り方を教えてくれた。

 「いろいろ。やさしかった」


 一緒に行く?

 「うん」


 好き?

 「やーだ。うーうん……」


 ちょっと、はにかんだ。

 まじめな顔して、赤くなった。


 「好き」


 でも、彼女がいるんだ。それでも好き?

 「大好き。本当に大好き。城山さんがいるから、私、いるんだ」


 真っ赤になって、息を上げている。

 耐え切れなくなって、ポテトがフォームをスイッチした。


 お尻を高く上げて、加速させる。

 坂道の頂上が見える。


 頂上までの百メートルを、明日のイメージで加速する。

 「はああぁぁぁぁ」

 胸の中の空気をすべて吐き出して、ポテトがペダルを回す。


 ポテト、がんばれ。

 加速。加速。

 坂道の緩やかになるにしたがい、速度が上がる。


 上気した顔で、登りきるポテト。

 「城山さんとツール、ツール、ツール」

 頭の中で「城山さんとツール」をなんどもリフレンさせている。


 去年の春から、何度も城山さんの自転車部メンバーと練習した坂道。練習で1日に20本から40本、日に2回、九十九休坂を使い、繰り返し登り降りの練習を続けた。2分半以内で登ることがチーム全員に課せられた。他の選手が脱落する中で、ポテトは城山さんと登り続けた。


 最後まで、城山さんがトップを走り、その後ろをポテトは追い続けた。登りきる直前からのスパートでフィニッシュする際に「ツール・ド・フランス」と叫ぶ城山さんを、ポテトは真似した。そこに城山さんの名前を入れるようになった。


 少女の肩が盛り上がる。

 顎を胸につける。

 腕と腹、太腿の中にビーチボールより大きな空間ができる。


 「ツール・ド・フランスのフィニッシュだ」

 周囲には観客が両側に山のように集まっている。色とりどりのフラッグが舞う。誰もが自分を応援してくれている中を走る。ガッツポーズでテレビカメラにアピールする。ツール・ド・フランスの優勝のシーン、インターネットで流される中継録画をパソコンで何度も見せてもらった。見せてもらったイメージに自分を入れて楽しんでいた。


 少女は今日も、登りきった。

 ポテトは、右手でコブシを固めた。


 目の前に町が広がる。

 ゆっくり漕ぐ。カラカラとまわる。


 息を大きく吐いた。

 ポテトって、自転車に乗っているときのほうが、おしゃべりじゃない?

 「そうかな……、そうかぁ。だって、自転車で走ると楽しいじゃん。いやなこと、全部、見なくていいし。夢がつかめるよ」

 だから、がんばれる。苦しい練習も平気?

 「練習、イヤだよ。でも、速くなるの、分かるから。楽しいじゃん」

 プラス、城山さんのおかげかな?


 とっちゃえば?

 

 返事しない。ただ、はにかんでいる。

 「うん……、あと、ちょっとだ」

 のこり76軒、それで今日は終わりだ。

 ポテトが踏む。ペダルの回転が上がった。


 今日は、城山さんと会う。

 約束した。 

 もうすぐ、会える。


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