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ポテト  作者: 春 茜
17/19

ダウンヒル・カタルシス

 ダウンヒルになった。


 降り坂、速度が上がる。

 落ちていく。


 長い直線なら時速100キロメートル近くにもなる。

 18キロメートルのダウンヒル・レースが始まる。


 ポテト、やばくない。

 「やばい。けど、ついていくしかないよ」

 ジョジ・イノーが目の前に走る。

 しかも、振り切ろうと、全開全速力で駆け下りているのだ


 風景を見ている時間がない。

 ラインが次々に変わっていく。

 コーナーが、あっという間に近づいてくる。

 

 落ちている枝、木の葉、

 路面の亀裂、わだち、

 白線、

 排水溝の金網……。


 すべてがデンジャラス。


 一歩間違えれば、

 コースアウト、転倒、落車、ケガ。


 怖いよ。頭の中、イッパイのワーニング・コール。

 「やば。こわい」


 ジョジが、踏んでいる。

 降り坂でペダルを踏む。

 速度が上がっても、速度を下げることがない。

 

 コーナーでブレーキングしても、

 すぐに加速する。

 

 ポテトも、踏みしめる。

 付いていかなければ、優勝はない。


 付いていく。

 降り坂なのに、ギアを上げて

 加速する。

 

 落ちている木の枝、一本が怖い。

 砂の粒が、岩のように見える。

 ジョジの前を見て、

 次のラインを考えて、

 

 右、次は左。その先は左、左。

 その次は、大きく右。

 走れるラインは少ない。

 

 

 そのラインを、走る。

 ラインが細い糸のように見える。


 糸の上を全力で走る。

 風景が飛んでいく。

 心臓が高鳴る。

 手が震える。

  

 城山さん、ネコさん、大丈夫、かな?

 「だい、じょうぶ、だ、よ。きっと」

 見てないけど、感じで分かる。

 ポテトのうしろには、誰かいる。


 ネコさんと城山さんは、折り返しでオーバーランして、後ろに消えた。

 でも落車していなかった。

 

 後方から、ネコさんも、城山さんも着いてくる。

 そう……、信じている。

 

 「降り坂こそ、チカラを抜かなくっちゃ」

 怖いからチカラが入ると、操作が遅れる。

 怖いからチカラが入ると、ハンドルの動きに反応できない。

 今日みたいに、時々、強い風が吹く日は、特に。


 ポテトの前で、音がする。


 “カシャ!”

 

 側溝蓋の金網をジョジの前輪が乗り越える音だ。


 怖い。金網にタイヤが滑れば、落車だ。


 次の瞬間、切れ目なく、音が流れる。


 “カシャ! カシャ! カシャ!”

 

 タイヤがバウンドして、ハンドルが勝手に動く。

 もう右コーナーが目前。

 

 曲がりたい。



 ブレーキ!


 

 ジョジが無理やりブレーキを握った。

 だが、ブレーキが遅れた。


 ポテトの目の前で、一メートルほどふくらんで

 無理やり曲がっていく。


 ポテトは、軽々、ブレーキを終えると 

 ベストのラインにつけた。

 

 ポテト、もしかすると、わたしたち、勝てるかも。

 「そうだね……、軽いから……」

 チャンスがあるよ。


 ジョジ・イノー選手と、私の体重差、

 多分、30キロ以上はある。


 それだけジョジは、ブレーキに時間がかかる。


 同じ速度で走れば、有利なのはポテトだ。

 わたしはブレーキにかかる時間が少なくてすむ。


 曲がる間に自転車で出せるスピード、

 人によって変わらないって。

 変わるのは

 曲がるまでのブレーキにかかる時間と、

 加速にかかる早さだ。


 ジョジより、早く立ち上がれる自信がある?

 「ええ、さっき、遅いって思った」


 だから、

 「何時抜くのかが、問題。いますぐ抜いちゃおうか」

 フィニッシュ残り二キロメートルまで、我慢しようか?


 ジョジが速く走るように、抜くフリしていよう、かな。

 走ることができなくなったら、抜けばいい、かな。


 決められないままに、ジョジの背中を見て走る。

 時折、並んでブレーキ。


 でも、無理はしなかった。

 ブレーキで並んだ時に、ジョジの顔を見た。


 ジョジは、明らかに驚き、困惑していた。


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