ホールド・オン・デンジャラス
美ヶ原の頂、パーキング・スペースには、緑の屋根が広がっている。
右手、日本アルプスが見えている。
左手、富士の山が見えている。
山々の青い稜線と、大地の緑を、天空の下に眺められる。
美ヶ原には、木がない。
強風に樹木が育たない。
強い風が登ってきては、天空の原っぱをさえぎるような樹木が生えないように、天使たちが掃き清めている。
天空からの眺めを、神さまが望んでいるかのように。
風がつくりだした天空、
三百六十度の巨大な翡翠のアーチがひろがっている。
それが美ヶ原。
美ヶ原、天空のパーキング・スペースいっぱいに人が輪をつくっている。
人の輪の中心には、数台のオフィシャル・カーが停まり、レースを見守っていた。
駐車場いっぱいに広げられたコーンが、左回りに選手を導いていく。
外側にはクラッシュのためのウレタンボックスが
白いセーフティゾーンを築いている。
内側の内側、外側のクルマの上、
人々が興奮にはちきれそうな顔で待っている。
応援の人々が、待ち望んでいる、
熱いハートが登ってくる。
「こちら、美ヶ原パーキングの特別コースです。折り返し地点にトップグループが入ってきた。放送席からトップグループが見えます。遠藤選手をトップに5台が争っている」
実況中継が選手にも聞こえた。
ちょっと、本気、出してもいいんじゃない。ポテト。
「オッケー。ちょっと本気全開……」
ポテトがペダルを踏み込もうと思った。
瞬間、左のすぐ後ろに自転車を感じた。
ネコさんだ。
「えっ。誰! なんで」
← 遠藤 ポテト 城山さん
ネコ
ジョジ
左後ろを振り返る。
後ろにいたネコさんとジョジが、ダッシュで、飛び出しているのが見えた。
「先頭は、ベテランの遠藤選手だ。いや、金子選手が飛び出す。その後方から、イノー選手!さあ五台が一気に散った。アウト側から遠藤、金子、イノーの順番で並ぶ。
遠藤選手が頭をとるために全力で走る。顔は苦痛で歪んでいる。金子選手がくる。すぐ後ろから、イノー選手だ。赤白青のカラーリーングはまさにフランス国旗! 俺に従えとばかりに、力づくでねじ込んでくる。金子選手、サムライの魂で、ジョジの鼻先を抑え込んで、トップで折り返せるか、遠藤、金子、両選手。スタートは最後尾だったイノー選手、日本人をすべてなぎ倒して21キロを駆け上ってきた。190センチ85キロのカラダはまさにパワフル。いま、折り返しに向かって3台が争う。その後ろには……」
歓声に、アナウンスが掻き消された。
「ネコさん。全開で、飛び出してきたんだ」
トップを取るために!
後ろにいたジョジが、なんで、いるの。
一緒に並んで走っている。
城山さんは、出遅れた。
ここで、飛び出してくるとは思っていなかった。
しかし、全力で駆け上がってくる。
わたしがトップに出るまでは、
みんな、協力してくるだろう……
なんて、甘い考えだった。
マロンを蜂蜜で煮て、生クリームでつつんだチョコレートのボンボンよりも甘い。
わたし、とっても甘い。
← 遠藤 ポテト 城山さん
ネコ
ジョジ
左横、ネコさんの後ろにジョジが入っている。
「ゴメン。トップは、ポテトちゃんにも譲れない」
後ろには、城山さんがいる。
トップの背中を捕まえに、ジョジも動いた。
全員を「敵」にしても、トップに立つつもりだ。
← 遠藤 ポテト
ネコ 城山さん
ジョジ
トップ選手、遠藤が決死のダンス。
追いつかれても、降り坂に先に飛び込めば、チャンスがある。
ポテト。
「やばいよ。左の180度コーナーだよ。このままだと……」
私はトップの遠藤選手の後ろか、右側に入るしかない。
「先に、降り坂に入るのは、ネコさんとジョジになっちゃう」
ポテトがあわてて右にラインを変えようとした。
それは、ダメ。
ポテトのラインは、いつの間にか書き換えられた。
最速のラインは、ネコさんに書き直された。
さらにジョジによって、コントロールされている。
ダメ、ポテト。待って。
ポテトがラインを変えれば、全員にぶつかり、全員落車する。
後ろに!
「あ、ああ……、わかったわよ」
ポテト、コンマ数秒だけ、ペダルを止めた。
2台の自転車がとおりすぎた。
駐車場に入る。
折り返しの進入まで、10メートルもない。
← 遠藤 ポテト
ネコ 城山さん
ジョジ
城山さんの背中をよけて、お尻をリフト。
全開でペダルを踏んだ。
ジョジも、もう一度、加速していく。
ジョジの後ろに飛び込んでいく。
誰……。絶叫している。




