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ポテト  作者: 春 茜
16/19

ホールド・オン・デンジャラス

 美ヶ原の頂、パーキング・スペースには、緑の屋根が広がっている。

 右手、日本アルプスが見えている。

 左手、富士の山が見えている。

 山々の青い稜線と、大地の緑を、天空の下に眺められる。


 美ヶ原には、木がない。

 強風に樹木が育たない。

 強い風が登ってきては、天空の原っぱをさえぎるような樹木が生えないように、天使たちが掃き清めている。

 天空からの眺めを、神さまが望んでいるかのように。


 風がつくりだした天空、

 三百六十度の巨大な翡翠のアーチがひろがっている。

 それが美ヶ原。

 

 美ヶ原、天空のパーキング・スペースいっぱいに人が輪をつくっている。


 人の輪の中心には、数台のオフィシャル・カーが停まり、レースを見守っていた。

 駐車場いっぱいに広げられたコーンが、左回りに選手を導いていく。

 外側にはクラッシュのためのウレタンボックスが

 白いセーフティゾーンを築いている。


 内側の内側、外側のクルマの上、

 人々が興奮にはちきれそうな顔で待っている。


 応援の人々が、待ち望んでいる、

 熱いハートが登ってくる。


 「こちら、美ヶ原パーキングの特別コースです。折り返し地点にトップグループが入ってきた。放送席からトップグループが見えます。遠藤選手をトップに5台が争っている」


 実況中継が選手にも聞こえた。


 ちょっと、本気、出してもいいんじゃない。ポテト。

 「オッケー。ちょっと本気全開……」

 

 ポテトがペダルを踏み込もうと思った。

 瞬間、左のすぐ後ろに自転車を感じた。


 ネコさんだ。

 「えっ。誰! なんで」

 



← 遠藤    ポテト       城山さん

           ネコ

              ジョジ 



 左後ろを振り返る。

 後ろにいたネコさんとジョジが、ダッシュで、飛び出しているのが見えた。



 「先頭は、ベテランの遠藤選手だ。いや、金子選手が飛び出す。その後方から、イノー選手!さあ五台が一気に散った。アウト側から遠藤、金子、イノーの順番で並ぶ。


遠藤選手が頭をとるために全力で走る。顔は苦痛で歪んでいる。金子選手がくる。すぐ後ろから、イノー選手だ。赤白青のカラーリーングはまさにフランス国旗! 俺に従えとばかりに、力づくでねじ込んでくる。金子選手、サムライの魂で、ジョジの鼻先を抑え込んで、トップで折り返せるか、遠藤、金子、両選手。スタートは最後尾だったイノー選手、日本人をすべてなぎ倒して21キロを駆け上ってきた。190センチ85キロのカラダはまさにパワフル。いま、折り返しに向かって3台が争う。その後ろには……」

 歓声に、アナウンスが掻き消された。



 

 「ネコさん。全開で、飛び出してきたんだ」

 トップを取るために! 


 後ろにいたジョジが、なんで、いるの。

 一緒に並んで走っている。

 

 城山さんは、出遅れた。

 ここで、飛び出してくるとは思っていなかった。

 しかし、全力で駆け上がってくる。


 わたしがトップに出るまでは、

 みんな、協力してくるだろう……



 なんて、甘い考えだった。

 マロンを蜂蜜で煮て、生クリームでつつんだチョコレートのボンボンよりも甘い。


 わたし、とっても甘い。


  


← 遠藤  ポテト   城山さん

       ネコ 

         ジョジ




 左横、ネコさんの後ろにジョジが入っている。

 「ゴメン。トップは、ポテトちゃんにも譲れない」

 後ろには、城山さんがいる。


 トップの背中を捕まえに、ジョジも動いた。

 全員を「敵」にしても、トップに立つつもりだ。




 ← 遠藤  ポテト

     ネコ  城山さん

       ジョジ




 トップ選手、遠藤が決死のダンス。

 追いつかれても、降り坂に先に飛び込めば、チャンスがある。

 

 ポテト。

 「やばいよ。左の180度コーナーだよ。このままだと……」

 私はトップの遠藤選手の後ろか、右側に入るしかない。

 「先に、降り坂に入るのは、ネコさんとジョジになっちゃう」


 ポテトがあわてて右にラインを変えようとした。


 それは、ダメ。


 ポテトのラインは、いつの間にか書き換えられた。

 最速のラインは、ネコさんに書き直された。

 さらにジョジによって、コントロールされている。


 ダメ、ポテト。待って。

 ポテトがラインを変えれば、全員にぶつかり、全員落車する。


 後ろに!

 「あ、ああ……、わかったわよ」

 ポテト、コンマ数秒だけ、ペダルを止めた。

 2台の自転車がとおりすぎた。


 駐車場に入る。

 折り返しの進入まで、10メートルもない。

 



 ← 遠藤      ポテト

    ネコ  城山さん

     ジョジ


 

 城山さんの背中をよけて、お尻をリフト。

 全開でペダルを踏んだ。


 ジョジも、もう一度、加速していく。

 ジョジの後ろに飛び込んでいく。



 誰……。絶叫している。

 

 


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