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ポテト  作者: 春 茜
12/19

ポテト 千を超える敵と走り出す

 スタートライン、フロントロー、

 並んだ選手がペダルを踏み降ろした。

 風が立ち上がる。


 直後、数10人の選手がつぎつぎに踏み降ろす。

 最初は、ゆっくり、撫でるような風が立つ。


 やがて最速の王を競う風となって、コースを駆け抜け始めた。

 千台を超える自転車のチェーンが奏でる音がシャワーのように響く。


 「速いヤツが王様! チャンピオン・クラスがスタートした。今年、チャンピオンになるのは誰か。今年のウイナーにはプレミアム・ギフトがついている。本場フランスのイノー財団が支援する自転車クラブへの入会へのチケットだ。1,000人オーバーのトップに立った優勝者にはフランスの自転車クラブにご招待だ。ツール・ド・フランスへの道も開けるか? 可能性に挑戦だ」アナウンサーが盛り上げる。


 ひたすら速い選手が勝者という無差別のチャンピオン・クラス。


 16歳以上なら誰でも参加でき、性別も関係ない、16歳の少女も、22歳の新鋭も、32歳の猛者も、48歳の巧者も、同じステージ戦う。まさに「速いヤツが王様」となるクラスなのだ。


 場内アナウンスが聞こえた。

 「スタート直後のトップ集団を紹介しながら、今回の主な参加選手を紹介しよう」

 場内アナウンスがレース直前のテンションを盛り上げているのが聞こえた。

 「スタートで飛び出し、トップ集団をリードしていくのは、連続チャンプの乾選手。地元ベテランの森選手がいる。黒岩選手、萩野選手、遠藤選手、長沼選手、若松選手、宮本選手らがトップ集団で飛び出していった。そのトップ集団に、紅一点、女子のトップ、浅沼選手だ。後方には、大学トップが集団でついている。ツール・ド・フランスの貴公子、ジョジ・イノー選手はいないぞ……。な・ん・と、最後尾だ。日本人最後の選手が全員スタートしても、まだ出ない。イノー選手のコメントだ。『最後尾から出発して、全員の走りを見ておきたい』。つまり日本選手なんか、全員マクレルということかぁ? 本場ヨーロッパのジュニアの鼻は高そうだ。彼の走りには注目しよう。トップ選手は先頭争いだ。いきなりコーナーで突っ込み勝負をかけている。『俺が王様だ』とばかりに、トップ全員が意地と力のガチンコ勝負だ……」


 温泉街のスピーカーから、実況中継のアナウンスが響いていた。

 ポテトは、四列目から踏み出した。


 トップグループの見える位置で走り出した。

 10数台の自転車が見える。

 全部、敵だ。

 ポテトの直前には、城山さんがいる。


 城山さんの前には、クマさんこと、熊田さん。ブタさんこと、薮田さんが見える。

 ポテトの後ろにも仲間がいる。

 直後には、ツルさんこと、鶴岡さん。

 ツルさんのすぐ横にはネコさんこと、金子さんがいる。


 一緒に練習してきた仲間だ。

 6人で一団となって走っている。


 ポテトも、ゆるいギアを選んで、息を上げずに流している。

 城山さんからの命令だった。

 「そう。流すんだって。1キロも行かないうちに登り坂になるから。そこでも軽いギアを選んで、細かくギアとフォームを入れ替えて、足使うなって。回転で走るんだ」


 最初の5キロがもっとも急勾配の坂道、きつい区間だ。


 尾根の上の湖に揚がるまでの登山道だ。

 林間をつらぬく、狭く、つらい、ワインディング・ロード。

 林間の曲がりくねった登山道、そこで我慢のバトルとなるのが序盤戦だって。


 

 「ポテトちゃん、いい感じ。乗れてるじゃない」

 ネコさんだ。


 「お話、できる」

 「うん。ネコさんも」

 「このハイペース。予想通りだね」

 「ちょっときつい、かな」


 「腰、動いている、できてる、できてる」

 「ありがとう」


 ネコさんが教えてくれた、腰の動かしかた。

 大腿骨と骨盤の稼働域を広げて、ペダルを回す。


 お腹の中の筋肉でペダルを回す。

 上半身を前後左右に動かさず、ペダルを回せる。

 疲れにくい走り方だ。


 ネコさんやポテトは、体重が少なくて、筋力も弱い。

 少ない体重と弱い筋力を速度に変える。


 海外の男子選手は、体重と筋力で登る。

 パワフルが勝負を決めている。


 負けたくなければ、弱みを強さに変えればいい。

 世界への弱者のテクニックだ。


 回転速度と効率で勝負する。

 ネコさんが教えてくれた。


 「ラインもつかんでるよね」

 ツルさんが左後ろから声をかけてくれた。


 「ツルさん、私のライン、キレーでしょ?」

 「キレーだよ」


 「白線を走る。練習どおり」

 「僕より、今は、うまいよ」


 「ありがとう、ツルさん」

 ツルさんは、大学四年生。仲間だ。


 ツルさん、いわく、自転車には一番速いラインがある。

 そのラインを数ミリでも崩さず走れるようになること。


 練習していたら、いつの間にか、ラインが見えるようになった。

 今では、コースが見えれば、その最速ラインを走るようになった。

 ツルさんのおかげだ。

 

 そのほかにも、いろいろな技術を教わった。

 クマさんには、競い方、戦い方を教わった。


 ブタさんには、マシンの技術、ギアの組み方やメンテナンス。

 純子さんには、お金のこと。企画書。財務レポートの見方。


 マナちゃんには、広告やPRのこと。ネットの使い方。

 そして、城山さんに、ツールと医学的知識について、教わった。


 ポテトの技術は、自転車部の全員からのプレゼントだ。

 何よりも夢の入り口を開けて、招き入れてくれた。


 ロードレースの大会に出て、勝つ。

 勝った収益に変えるためのプロの知識や技術のいろいろ。

世界に広がっているプロの知識と技術がある。

 どれもが、ポテトの知識と技術になった。


 中学生だったポテトを相手に、自転車部部員みんな、真剣に教えてくれた。

 学校の授業なんかでは分からない。


 生きていくための知識だった。

 すべて、自転車からはじまった。


 手ぬぐいをもって、朝風呂や朝食後の人々が、沿道で手を振っている。

 アナウンサーの声が聞こえた。まだイノー選手がスタートしていないらしい。


 「聞こえた? ジョジ・イノー。最後から走るって」

 スタートして一分以上になる。


 イノー選手は、自信家だね。

 「かもね」


 でも、必ず、来る。

 「くる、来る」


 赤いタオルを振っている浴衣姿の子供、かわいい。

 「温泉街、さよなら。浴衣の応援って、ちょっと変だ」


 ゆかた、着て寝たでしょ、ポテト。起きたとき、裸、だったね。

 「やだ。思い出したじゃない」

 サングラスの下が赤かった。


 風が吹いた。

 夏の風は、熱くって重い。

 

 どんっ。

 音が鳴るくらいの疾風。

 路肩に落ちてたニュースペーパーが飛び上がった。

 ポテトは、それを左手でつかんで、たたんで、捨てた。


 「今日は、風が強いね」


 そろそろ、ポテト、登り坂が始まるよ。


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