いかつい婚約者の密かな楽しみ
「ニコラ! すまない、もう時間か?」
待ち合わせの時間になってもフィンリーが来ないので騎士科の訓練所を覗きにいったら、やはりフィンリーは時間を忘れて訓練してました。
観覧席の私を目ざとく見つけて声を掛けてきます。
「もう時間を過ぎてますよー」
淑女らしからぬ声量にならぬよう気をつけて返事します。
「悪い! 今すぐ行くから!」
打ち合っていたご友人に軽く挨拶して訓練所から走り去ります。
私も訓練所の出入り口に行って待とうとしたら、聞こえよがしな声が聞こえてきました。
「『もう時間を過ぎてますよぉ~』ですって」
「いやぁね。かわい子ぶっても顔立ちは変わらないのに」
「あの程度の器量でフィンリー様のお隣に立とうだなんて、身の程知らずだこと」
「親同士の仲の良さにつけこんで婚約をねじ込むなんて図々しいったら」
「釣り合いというものを知らないのよ」
一般科の他のクラスの女生徒たちがクスクス笑うのを無視して出入り口へ向かいます。
王立学園に入学して半年。婚約者のフィンリーが女生徒に人気があるため、平凡顔の私はネチネチした嫌味を毎日のように聞かされています。無視していますが、はっきり言ってかなり鬱陶しい。
訓練所の出入り口でフィンリーと合流します。
一緒に馬車に向かいながら盗み見ると、確かに男らしい整った顔立ちですね。身長も私より頭一つ大きくて、体はがっしりしていて逞しいのですが、愛嬌のある表情に親近感を感じます。同じ年頃の少女には、憧れの騎士に見えるのでしょう。
「人気が出るのは分かるなぁ……」
「何?」
「ううん、フィンリーも大きくなったなって。フィンリー、16歳の誕生日おめでとう」
私の中では五歳の頃の可愛いフィンリーのままですが、フィンリーは今日で16歳。
これからフィンリーの屋敷でフィンリーのご両親とお兄様と一緒に誕生日の晩餐です。
フィンリーの家の馬車で、一緒にフィンリーの屋敷に向かいます。
「今年も作ってくれた?」
「もちろん。侍女が私の着替えと一緒にフィンリーの屋敷に運んでいるわ」
毎年恒例の私の作るプレゼント。
嬉しそうなフィンリーを見ると、私まで嬉しくなります。
フィンリーの屋敷に着くと、馬車の到着を知った侍女がフィンリーへのプレゼントの箱を用意して玄関で待っていました。
侍女から受け取って、フィンリーに渡します。
「誕生日おめでとう、フィンリー」
「ありがとう。うわぁ、今年は大きな箱だな。嬉しいよ、ニコラ」
大きな箱を軽々と持って自分の部屋へ向かうフィンリー。
私も、用意された客間で学園の制服から晩餐用のドレスに着替えです。
着付けと化粧を終えて食堂へ行くと、既におじ様とおば様とフィンリーのお兄様が席に着いていました。
ご挨拶をして、私も席に着きます。
しばらく待ってると、フィンリーが来たと侍女がドアを開けました。
部屋に入って来たフィンリーは、華やかなドレス姿。
しずしずと足を進めるフィンリーに、皆が感嘆の声を上げます。
「ほう、これは凄い」
「フィンリー! まあなんて綺麗なの」
「凄いなニコラ。また腕を上げたな」
私のフィンリーの誕生日のプレゼントは、毎年私が作った女の子の服。今年は本格的なパーティードレスに挑戦してみました。
いかつい肩を隠すよう、薄いチュールを肩に何重にも立体的に縫い付けて花のようにして、ウェストの部分は切り替えをしてくびれがあるように見せています。逞しい腕には、フワフワとした八分袖のフレアスリーブ。首には、喉仏が隠れるよう同色のリボンを巻きました。
そう、フィンリーは女の子の可愛い服を着るのが好きなのです。
フィンリーとの付き合いは、母親同士が仲が良かったため赤ん坊の頃かららしいです。薄ぼんやり〜としか思い出せませんが。
記憶に残っているのは、五歳の時に遊びに行った所からです。
その日、私は赤やピンクの小花柄に白いレースがたくさん縫い付けられたお気に入りのドレスでした。
フィンリーはすごくそのドレスを気に入ったみたいでした。
「いいなぁ」「いいなぁ」と何度も言うので
「じゃあ、着てもいいよ」
と、スポッとドレスを脱いだ私。
付いていた侍女が止めましたが、何が悪いのか分からない私はフィンリーの服を脱がしてドレスを着せたのでした。
嬉しそうに私のドレスを着て、姿見の前でポーズを決めるフィンリーがとても可愛かったです。
侍女に呼ばれて駆け付けた母親たちは、驚いていましたが咎める事はありませんでした。
ただ、私が肌着でいるのはいけないと着替えにフィンリーの服が用意されました。
それから、私が遊びに行ったりフィンリーが遊びに来たりすると、服を交換するのが習慣になりました。
フィンリーは前から女の子の可愛い服が気になっていて、僕も欲しいと、着てみたいと何度も言っていたのに、それを聞いても誰もドレスを買ってくれなかったそうです。何てひどいのでしょう。
私は喜んでフィンリーに似合いそうなドレスを選んで貸してあげたのでした。
そんな関係は九歳の時に終わりを告げました。
前年から剣の練習を始めたフィンリーが私よりずっと大きくなって、私の服が着れなくなったのです。
今思えば、母親たちが服の交換を止めなかったのは遠からずこうなる事が分かっていたからでしょう。きっと、子供の気まぐれだ、いつか自然に卒業するだろう、と。
しかし、私はしぶとかった。
自分でフィンリーのワンピースを作ったのです。
とは言っても、布地屋さんに簡単な服をと頼んで、頭からかぶるワンピースの型紙を作ってもらって、選んだ布地をカットしてもらって、私は説明書を見ながら縫い合わせただけですが。
針に糸を通す事すら初めての事なので、縫い目などガタガタです。
それでもなんとか私が選んだ赤いイチゴ柄のワンピースが出来上がりました。
私はそれをフィンリーの十歳の誕生日のプレゼントにしました。
「僕のワンピース? 僕の?」
想像以上にフィンリーは喜んでくれました。
今考えると糸の始末が甘かったのでしょう、ワンピースは一日遊んだだけで裾はほつれ、縫い目が破れ、ひどい惨状になりました。
それでも「僕の服」と喜んで着てくれるフィンリーに、私のハンクラ魂は燃え上がったのです。
それから私はたゆまぬ努力でせっせとスキルを磨き、少しずつですが技術を身に付け、フィンリーの誕生日には私の作った服をプレゼントするのが恒例になりました。
フィンリーは、その服を屋敷の中でだけ着るのが許されました。
シンプルな服に飾りボタンやリボンを付けるだけだったのが、襟や袖を付けられるようになり、ダーツを入れたりフリルやプリーツも覚えたりでより凝ったデザインが作れるようになりました。
やがてワンピースからデイドレスへ。
私たちも婚約者へと変わっていったのです。
全員揃った所で晩餐の始まりです。
「このドレスすごいんだ。体にピッタリなのに全然苦しくない」
フィンリーは、女性になりたい訳でなく可愛い女の子の服を着たいだけなので、女性のドレスを着ても言葉遣いは男性のままです。
「まさしくフィンリーのためのドレスだな」
「本当、素晴らしいわニコラ」
「お店で売れるレベルだよ」
皆の賞賛を一通り聞いて、私は考えていた事を告げます。
「フィンリー、そのドレスで外に出てみない?」
皆の動きが止まりました。
「そ、外って……?」
「学園の、秋のダンスパーティーよ」
フィンリーのお兄様が叫びました。
「ベストカップル賞か!」
学園の卒業生のお兄様はすぐに気づいたようです。
秋のダンスパーティーは、入学パーティーや卒業パーティーと違って式典では無いのでかなり自由です。
参加者が学園の生徒に限られるので、無理してパートナーを用意しなくても、一人で参加して構いません。だって、生徒の男女比が違いますから。
ただ、それだといまいち盛り上がりません。
そこで考えられたのが、生徒の投票で選ばれるベストカップル賞です。
学園内に婚約者のいるカップルは二人の仲の良さをアピールするように服装をお揃いにしたり、ノリの良い友人同士のカップルは奇抜な衣装で来たり。
皆を楽しませ、好感を持たれたカップルが受賞します。
手芸部の先輩のお姉様方から秋のダンスパーティーについて説明された時、私はこの計画を思い付きました。
「フィンリーがドレス、私がタキシードで登場すれば、皆ベストカップル賞を狙っての衣装だと思うでしょう?」
「しかし……」
家族以外に見られるのは抵抗があるみたいです。
「それに、一度フィンリーのドレス姿を人前に出した方がいいと思うの。フィンリーは家の中でしかドレスを着ないけど、それでもどこで誰に見られるか分からないわ」
「それは……」
「でも、学園のパーティーで披露しておけば、全生徒がそれを見て家の人に話すわ。それが他の人にも伝わって、その後、例えばこの屋敷でお客様とドレス姿のフィンリーが行きあったとしても、相手は『ベストカップル賞に向けての練習かな』『どこかのパーティーにドレス姿で招待されたのかな』など勝手に納得されると思うの」
「ニコラちゃん。そこまでフィンリーの事を考えてくれてるのね」
おばさまが感動してますが、すみません、陰口がウザいのでベストカップル賞で黙らせたいんです。
「分かった! ニコラのタキシードは僕が贈るよ。最高のカップルになろう!」
フィンリーがその気になりました。
そして秋のダンスパーティーの日。会場入りした私たちは、絶叫と歓声で迎えられました。想像以上にインパクトがあったようです。ドレス姿のフィンリーに、ソフトなタキシードの私。
化粧なんか嫌だと言うフィンリーは口紅を引いただけですが、普段は無造作に後ろで一つに縛っているだけの肩までの髪を結い上げた姿は、ごついけどなかなか美少女です。
以前からドレスを着ていたので裾捌きも美しく、完璧に着こなしています。
ドレスを作ったのが私という事も皆に驚かれました。
二人でダンスを踊った後、フィンリーは男友達に、私は女友達にダンスを申し込みました。
皆の興味を引いたようで、ダンスをしない人たちもダンスコーナーに寄ってきました。
曲が終わると、私の周りには次に私と踊りたい女の子が集まってきました。
対照的に、フィンリーの友人たちは「僕は女の子と踊りたいんだぁ!」と近づくフィンリーから逃げ出し、それをスカートを軽く持ち上げたフィンリーが足早に追いかける姿に笑いが起こりました。
中には「助けると思って僕と踊ってください!」と、意中の女性に申し込んだ人もいたようです。
歓談タイムになると、今回の衣装について聞きたい人たちに取り囲まれました。
「僕、私が、『ドレスを着てみたい』って言ったら、ニコラがドレスを作って、『秋のダンスパーティーに行きましょう』って言ったんだ、ですわ」
嘘は言ってません。「子供の頃から」を略しただけで。
皆、フィンリーの冗談に私が乗っかったと解釈したようです。
しかし、今日だけは女言葉で話そうとするフィンリーが、かなりぎこちない。
「フィンリー! 来月のうちのパーティーにぜひニコラ嬢とその衣装で来てくれよ!」
「おう、まかせとけ!」
「フィンリー、言葉遣い!」
「あ! 喜んで行きますわですわ。……あれ?」
男子生徒たちは笑い転げ、フィンリーに憧れていた女生徒たちは言葉も無い状態です。
モテるフィンリーを良く思って無い騎士科の先輩たちも腹筋崩壊していたそうです。
そうして、ベストカップル賞を私たちが獲得しました。
私たちは公認のカップルに。
フィンリーを奪いたいなら私以上のドレスを作ってみやがれ、なんて思っても口には出しませんが、聞こえよがしの陰口を言う人はいなくなりました。
来年はどんなドレスにしましょう。
次の年のダンスパーティーには、男女逆の衣装を着たカップルが他に何組もいました。男女逆ではないけど、衣装に意匠を凝らしたカップルも増えた気がします。
今年は男女逆のカップル同士でパートナーを交換して踊りました。
ダンスを踊りながら相手の男性に
「なぜドレスを?」
と聞くと、ほとんど
「一度着てみたかったんだ」
と返ってきます。(中には、「彼女に押し切られた」と言う方もいましたが)
以前、弟にワンピースを作ろうとしたら全力で嫌がられましたので、フィンリーみたいな人は珍しいのかと思っていましたが、そうではなかったようです。
この年、残念ながらベストカップル賞は逃しました。
受賞したのはダンスがとても上手い先輩カップル。男性と女性の衣装に蔦が絡み合ったような模様がスパンコールで縫い付けられていて、二人がダンスを踊るとキラキラしてうっとりするほど綺麗でした。
お二人が受賞するのを、フィンリーは他のドレスを着た男性たちと笑い合って祝福していました。
フィンリーの密かな楽しみは、もう皆と楽しむものになったようです。
そして三年目の夏。
私とフィンリーは、私の友人二人をアドバイザーに招いて、学園のサロンでお茶をしながら作戦会議です。
「二人とも、今日はありがとう。最終学年の秋のダンスパーティーに向けて、二人の意見を教えて欲しいんだ」
「そこまでニコラとベストカップル賞を目指してますのね……」
「いくらでも協力しますわ!」
感動している二人に、「いえ、フィンリーはベストカップル賞じゃなく可愛いドレスを目指しているんです」とは言えません。
「やはり、フィンリー様のレディとしての完成度を上げるのが一番では」
「フィンリー様も綺麗にお化粧されては?」
「う……。わ、分かった」
あら、可愛いドレスのために覚悟を決めたようです。
「そのためには、お化粧のノリが良くなるよう、今からお肌の手入れをしてくださいね。あ、髪も」
「そう言うものなのか?」
パーティー当日にチャチャっと化粧すればいいと思ってましたね。
「もちろんです。あと、腕と手と爪です」
「あら、他にも背中とデコルテの手入れもしないと」
「でこるて? って、何だ?」
「首から胸元の部分です。背中とデコルテはドレスを着ると見えますから手入れしないといけませんわ」
「そんな所まで? 面倒くさ……いや、何でもない」
二人に睨まれて言葉を飲み込みますが、遠い目になってるフィンリー。ふふっ、美しさへの道は大変なのですよ。
ドレスのデザインのアィデアは難航しました。
「最近出た、キラキラしてる薄い布を使ってみては?」
「そんなの、ニコラが縫いにくいだろう」
「大きな刺繍をお二人の衣装に入れるとか」
「刺繍するニコラが大変だ」
「……いっそ、お店に注文なさっては? 凝ったデザインも手間のかかる細工も頼めますわよ」
困り果てた友人の提案に、フィンリーは何を言ってるんだというように
「私はニコラの作ったドレス以外は着ないぞ?」
と、返しました。
フィンリーは、可愛いドレスが好きなだけでは無かったみたいです。
でも私だって、フィンリーじゃなかったら睡眠時間を削ってドレスなんて作りませんから! 内緒だけど、毎年採寸したフィンリーのサイズを記録した紙は、引き出しに大切に取ってありますのよ。
とは言えず、黙って赤くなった私。
サロンの空気が一気に生温かくなった事に、フィンリーだけが気づいてませんでした。
そして秋、パーティーの準備をすませた私の所に、フィンリーの馬車が迎えに来ました。
馬車から降りたフィンリーは、布を巻き付けたようなドレスで、あちこちに細い銀の鎖が絡み付いています。
私の衣装は、騎士服をアレンジしました。左肩から前身頃にかけて、大きく太陽が刺繍してあります。
伝説の、暗闇の王に囚われた姫とそれを解放した太陽の騎士の話をイメージしました。
二人で馬車に乗りパーティー会場へ。
改めて向かいの席に座るフィンリーのドレスをを見ます。
我ながら上手にドレープが作れました。背の高いフィンリーがこれを着てダンスをしたら、うっとりする綺麗な波が生まれるでしょう。
今回は、フィンリーのお化粧も完璧です。
数日前「ヒゲってのは剃るもので、抜くものじゃないだろ……」と、しょぼくれていたので、かなり侍女たちが頑張ったのでしょう。
満足していると、フィンリーに声を掛けられました、
「ニコラ……。今までありがとう」
「な、何? 突然」
「僕がドレスを着るのは、今日で最後にしたいと思うんだ」
「三年生だから?」
学園を卒業した者が、他のパーティーでドレスを着るのはふざけ過ぎと言われるかもしれません。
「いや、もう満足したんだ」
ドレスを着る事に満足とかあるのでしょうか。
「僕は、ずっと女の子の服が好きな事、着てみたい事を周りに訴えていたのに、誰もが『おかしな事を言うな』と僕が悪いみたいに返して、なんで分かってくれないんだ!って傷ついて、いつも心の中で小さな僕が地団駄を踏んでいたんだ」
想像すると私の心も痛みます。
「そんな時、ニコラが自分の服を脱いで僕に着せてくれた」
今考えると、はしたなかったですわね。
「ニコラは『おかしな事』なんて言わず、僕に次々とドレスを着せてくれた。僕が大きくなってサイズが合わなくなったらドレスを作ってくれた」
フィンリーがじっと私を見て話すので茶化す事も出来ません。
「それでも、時々小さな僕が顔を出して傷ついた事を思い出させた。……でも、この三年はそれ以上に楽しかったんだ」
私の手をフィンリーの大きな手が包みます。
「……今はもう、傷ついたその子は心のどこにもいないんだ」
「僕を見つけてくれてありがとう」
「私も……フィンリーに会えて良かった」
学園に馬車が着き、フィンリーの手を取って馬車から降りた私を、フィンリーがひょいと横抱きにしました。周りの人たちが驚いています。
「きゃっ! なっ、何をっ!」
「うん? この三年で身体も大きくなったんだぞッと二コラに感じて欲しくて」
そんなの知ってますよ。採寸してますから。
あなたのことは誰より……。
涙でお化粧が落ちそうなのでフィンリーの首に手を回して抱きつき、フィンリーの胸で涙を止めた私でした。
私たちのヤンチャな息子が、父親のクローゼットの中にボロボロのイチゴ柄のワンピースを始め歴代のドレスを見つけて大騒ぎになるのは、もう少し先の話。




