EP 2
ルナミス帝国の札束と『ローマ法』
ルナミス帝国・帝都。
豪奢な宮殿の執務室で、マルクス皇帝は分厚い『国富論』のページを捲りながら、静かに報告を聞いていた。
「……なるほど。アメリカと中国が裏で手を引いた『野盗』たちは、ポポロ村の執事によって合法的に駆除されたか。シンガポール法とは、また厄介な盾を持ってきたものだ」
マルクス皇帝の顔に、焦りはない。
彼は『銃・病原菌・鉄』の真理を信奉する合理主義者である。個の武力が通用しないなら、国家という巨大なシステム(リヴァイアサン)の『胃袋』を使えばいい。
「武力が法によって禁じられたのなら、我々は『資本』で彼らを飲み込むまでだ。リカオン騎士団長」
「ハッ」
控えていたルナミス随一の軍神、リカオンが頭を下げる。
「ポポロ村から半径100キロ圏内の全ての土地、関所、ならびに物流ギルドの独占契約を『帝国の国庫』で買い上げろ。相場の三倍を出しても構わん。……ポポロ村に出入りする商人を物理的ではなく、経済的にゼロにするのだ」
「兵糧攻め、ですな。承知いたしました」
マルクス皇帝の目は、冷徹な為政者のそれだった。
「人はパンのみにて生くるにあらずと言うが、パンがなければ人は必ずひざまずく。……数週間後、あのウサギの村長が飢えに耐えかねて助けを求めてきた時、我々は最も美しい『奴隷契約』を交わすことになるだろう」
数日後。ポポロ村の広場。
「うぅ……どうしよう。大根もお芋も、全然売れないよぉ……」
キャルルは、収穫したばかりの巨大な『月見大根』を抱えながら、誰もいない村の入り口を見て半泣きになっていた。
いつもなら、大国との国境であるこの村には多くの行商人が訪れる。だが、ここ数日、アリの子一匹として村に入ってこない。
「ルナミス帝国が、周辺の流通網を完全に『買い占めた』ようです」
リバロンが、冷めた紅茶を淹れ直しながら淡々と報告した。
「商人のギルドは帝国の傘下に入り、ポポロ村との取引を自主的に『自粛』しています。武力封鎖ではないため、ガオガオン様の雷も落ちません。純粋な『資本の暴力』ですね」
「そんなぁ……。このままだと、村のみんなの生活が……」
キャルルが耳をペタンと伏せて震える。
「——泣くこたぁねえよ、アホウサギ」
執務室の窓枠に腰掛け、赤マルの煙をふぅと吐き出した政宗が、獰猛な笑みを浮かべた。
「相手が剣を抜いたんなら執事の出番だが、相手が『算盤』を持ってきたなら……ここから先は、俺の独壇場だ」
政宗は魔導端末を開き、猛烈な勢いでキーを叩き始めた。
「いいか。マルクス皇帝のジジイは『国富論』の時代の、古き良き資本主義しか知らねえ。だが、俺がいた地球の現代金融はな、血も涙もない『吸血鬼のシステム』なんだよ」
「力武様。どのような反撃を?」
リバロンが興味深そうに尋ねる。
「ガオガオンが守護する法の中に『古代ローマ法』がある。この法体系の根幹は『所有権の絶対』と『契約の自由』だ。……俺はこれを盾にする」
政宗の画面には、彼がゴルド商会の権限を悪用して設立した、いくつものダミー会社のネットワークが構築されていた。
「ルナミスは『土地』と『運送網』を買った。だが、ポポロ村の『月光薬』や『魔法農作物』に対する『知的財産権』と『先物取引の独占権』は、既に俺のファンドが全て握っている」
政宗がニヤリと笑う。
「ルナミスの貴族どもは、ポポロ村の高品質なポーションにどっぷり依存してる。供給が止まれば暴動が起きるレベルでな。そこで俺は、帝国の商人どもに対して『違約金が天文学的な数字になる、極悪な供給契約』をあらかじめ結んでおいた」
キャルルが、目をぱちくりと瞬かせる。
「えっと……つまり、どういうこと?」
「簡単だ」
政宗はタバコの灰を落とし、冷酷に告げた。
「俺たちは契約通り、商品を届けようとする。だが、ルナミス帝国が『自国の都合』で流通網を止めているせいで、商品が届かない。これはローマ法に基づく『契約不履行』だ」
政宗の指が、エンターキーを弾いた。
「俺は今、ルナミス帝国の商人ギルドと国庫に対して、ローマ法違反による『莫大な損害賠償』を請求した。支払いを拒否すれば、ガオガオンの雷が帝都に落ちる」
「な……っ!?」
リバロンでさえ、そのあまりにも悪辣なロジックに目を見開いた。
「帝国は、ポポロ村を兵糧攻めにしている『つもり』で、実は1秒ごとに俺のファンドに莫大な違約金を吸い上げられ続けてるんだよ。……俺たちを締め上げれば締め上げるほど、ルナミスの国庫は空っぽになる。完全な『寄生』だ」
「政宗くん……それ、悪役のセリフだよ……」
キャルルがドン引きしながら呟いたが、政宗は「褒め言葉だ」と笑ってタバコを吹かした。
地球。日本・東京。
霞が関の地下深くで、与党幹事長・若林幸隆は、モニターに映し出された異世界の経済チャートを見て、肩を震わせていた。
「……ククク、ハッハッハッハッ!!」
若林は、愛煙の『ピース』を灰皿に押し付け、狂ったように笑い声を上げた。
「見事じゃ……! 見事すぎるわ、力武政宗! 兵糧攻めを逆手にとり、敵の巨大なシステムそのものを『集金マシーン』に変えおったか!」
若林の脳内で、強烈なドーパミンが分泌されていた。
国益など、もはや彼にとってはどうでもよかった。彼が愛する『君主論』と『韓非子』のロジックを、現代金融の魔法で完璧に体現する若者がそこにいる。
「これほどの知性と悪意を持った盤面、何十年ぶりじゃろうな……!」
若林の目が、爛々と輝き始める。
ただの傍観者でいるつもりはない。この極上のゲーム盤に、自分も最高の『一石』を投じて、政宗という怪物をさらに試してみたい。
「……おい、内調の狗飼を呼べ」
若林は、側近に楽しげに命じた。
「出雲艦隊の電脳アリス……早乙女蘭を動かすぞ。ルナミスの皇帝が資本で負けるなら、我が国は『情報』で盤面をかき回してやろうじゃねえか。……さあ、見せてみろ力武政宗。貴様の算盤は、どこまで強欲に弾けるのかをな」
武力、資本、そして情報。
大国たちのエゴと狂気が交差する盤面で、ポポロ村という特異点は、さらに巨大な嵐の中心へと引きずり込まれていく。




