EP 18
超電光流星脚(神の不在証明)
「ひ、ヒィィィィッ!! ば、化け物だァ!」
魔人ギアンの顔に張り付いていた道化師の仮面が、恐怖で引きつったように割れ落ちた。
彼の絶対的な切り札であった戦略級兵器『死王蟻型』が、たった一人のウサギ耳の少女によって、文字通り数秒でスクラップにされたのだ。
「あり得ない! こんなデタラメな質量、僕の『群衆心理』の計算式には入ってないッ!」
ギアンは、残存する『死蛾型』を全て自らの盾として展開し、森の奥へと逃走を図った。
美しい悲劇などどうでもいい。今はただ、あの青白い光を纏った『災害』から逃げ延びることだけが優先だった。
だが。
「あーっ! 逃げるの!? みんなをいじめておいて、だーめっ!」
キャルルが、ピョコンとウサギの耳を揺らした。
彼女はトンファーを背中に収めると、満月の光を全身に集めるように、深くしゃがみ込んだ。
足元の地面が、限界まで圧縮されたバネのようにミシミシと悲鳴を上げる。
「悪い子には……とっておきの、お仕置きだよっ!」
ドグゥゥゥンッ!!
爆発。
キャルルが蹴り飛んだ反作用で、ポポロ村郊外の森の一部が吹き飛んだ。
空高く、雲をも突き抜けるほどの高度へ跳躍したキャルル。
満月を背負った彼女のシルエットが、夜空に神々しく浮かび上がる。
そして、逃げ惑うギアンに向かって、真っ直ぐに右足を突き出し、急降下を開始した。
「流星……っ!!」
大気圏を突破する隕石の如き、摩擦の炎と青白いプラズマ。
音速の壁を何重にもぶち破る、物理法則を完全に無視した突撃。
「いやだ、こっちに来るなァァァッ!!」
ギアンが絶叫し、闘気の糸で何十層もの防御壁を展開する。
だが、マッハ1の質量兵器の前には、ティッシュペーパー以下の抵抗でしかなかった。
「——きーーーーーーっく☆」
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
キャルルの『超電光流星脚(S・L・M・S)』が、ギアンの防御壁ごと、森の大地を消し飛ばした。
閃光。遅れてやってくる、鼓膜を破るほどの爆音と衝撃波。
信長たちレンジャー部隊も、自警団も、全員が伏せて頭を抱えるしかなかった。
数分後。
土煙が晴れた後に残っていたのは、直径数百メートルに及ぶ、巨大なクレーターだった。
ギアンの姿は影も形もない。おそらく、最期の瞬間に身代わりの術でも使って逃げ延びたのだろうが、死蟲軍は完全に壊滅していた。
クレーターの中心で、キャルルが「えへへっ」とピースサインをしている。
まさに、神の不在証明。
『個の武力』が、戦術も兵器も全てを凌駕した瞬間だった。
しかし、この規格外の暴力を、決して見逃さない者たちがいた。
地球——アメリカ、ペンタゴン(国防総省)地下。
「……ジーザス」
ジャック・フォークナー海軍大将は、大型モニターに映し出されたクレーターの映像を見て、咥えていた葉巻を落とした。
偵察衛星が、一部始終を克明に記録していたのだ。
「大将! ターゲットの推定運動エネルギーを算出しました。……たった150センチの少女一人が、戦術核兵器に匹敵するエネルギーを発生させています!」
分析官の声が裏返っている。
「核兵器だと……? 放射能汚染のない、純粋な運動エネルギーだけの戦術核。しかも、無差別に兵士を全回復させる『治癒能力』まで持っているだと?」
フォークナーの目に、恐怖ではなく、狂気にも似た『強烈な欲望』が宿った。
「石油も、レアアースも、もはやどうでもいい。あのウサギだ。あのウサギを我が国で確保しろ。あれは、世界の軍事バランスを単独でひっくり返す『究極の抑止力』だ!」
中国、北京。
張・特命全権大使は、震える手で『中華』に火をつけようとして、三回失敗した。
「……素晴らしい。なんという美しい力だ。あの少女の遺伝子と魔力の構造を解析できれば、我々はアメリカを永遠に超えられる」
張はすぐさま、サイバー部隊と特殊工作部隊の全権を握り、ポポロ村の制圧から『対象の捕獲』へと作戦目標を書き換えた。
ロシア、モスクワ。
オルロフ大使は、ウォッカのグラスを壁に投げつけた。
「PMC(傭兵)などでは話にならん! 大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射準備を急げ。アメリカや中国にあの怪物が渡るくらいなら、村ごとガラスの平原に変えてやる……!」
そして、日本・東京。
「真一……お前の馬鹿息子が守ろうとしとるモンは、国家の手に余る化け物じゃったわ」
若林幹事長が、衛星映像を見ながら頭を抱えていた。
内調の狗飼は、完全に腰を抜かし「こんなデータ、存在していいはずがない……」と呟いている。
地球の怪物たちの『算盤』が、全てキャルルという特異点に向かって書き換えられた。
恐怖ではなく、貪欲。
世界中の軍事力と権力が、たった一人の少女を狙う巨大な『檻』に変わろうとしていた。
ポポロ村、防壁の上。
政宗は、空でチカチカと点滅する極小の光——各国が差し向けている無人偵察ドローンの群れを睨みつけていた。
(……世界中が、お前を狙ってるぞ。キャルル)
このままでは、ミサイルが飛んでくる。各国の正規軍が、文字通り世界大戦の規模で押し寄せてくる。
満月の光があろうと、村人たちを守りながら戦うのには限界がある。
「なら……奪えないようにしてやるよ」
政宗の指が、魔導端末の実行キー(エンター)の上で止まった。
物理的な戦場(フェーズ1)は終わった。
ここからは、冷徹な商社マンだけが戦える、地獄の経済戦(フェーズ2)の幕開けだ。




