EP 10
信長の直感(現場の真実)
「小隊長! 撃ちましょう! このままでは部隊が――!」
飛来する5.56mm弾が、大木を削り、泥を跳ね上げる。
伏せ姿勢のままアサルトライフルを構える隊員が、血走った目で信長に叫んだ。
彼らのヘルメットに内蔵された通信機からは、後方の前線指揮所、ひいては東京の官邸からの『制圧命令』が冷徹にリフレインしている。
『——繰り返す。全レンジャー部隊へ。交戦規定(ROE)アルファを適用。武装勢力を完全制圧せよ』
官邸の理屈は正しい。
現場で正体不明の武装集団同士が撃ち合っており、こちらにも被害が及びかけている。ならば、圧倒的な火力で両者を『無力化』するのが、兵士の命を守るための最も合理的な選択だ。
父である出雲艦隊総司令官・坂上真一なら、間違いなく艦砲射撃で一帯を更地にしているだろう。
だが。
「……待て。トリガーから指を外せ」
信長は、スコープから目を離さず、低く、しかし絶対的な威圧感を込めた声で命じた。
「なっ……本官の命令違反になりますぞ!」
「いいから外せ!!」
信長の怒号に、歴戦のレンジャー隊員たちがビクッと肩を震わせ、一斉に引き金から指を外した。
静寂とは程遠い、銃声と怒号が飛び交う戦場。
信長の脳内では、かつて父に教え込まれた『君主論』と『五輪の書』の冷徹な教えが渦巻いていた。
『戦場に情はいらん。大局を見ろ、信長。一つを切り捨て、十を生かすのが指揮官の仕事じゃけえ』
(……ああ、そうだな親父。あんたの言う通りだ。海の上から見てりゃ、あいつらはただの『テロリストの駒』に見えるんだろうよ)
信長は、土の匂いが充満する泥に這いつくばりながら、己のバイブルである『ガリア戦記』のページを心の中でめくった。
真実は常に、血と泥に塗れた最前線にしかない。
スコープのレンズ越し。
信長が見つめているのは、狂乱して銃を乱射するPMC(民間軍事会社)ではない。
その凶弾の雨を、巨大な獣と手製の魔導盾で防ごうとしている、ポポロ村の自警団たちだ。
(よく見ろ。あいつらの動きを)
自警団の陣形は、軍隊のそれとは全く違った。
効率的な反撃陣形ではない。後ろにいる老人や子供、逃げ遅れた村人を『庇う』ために、無駄に広い的を作ってしまっている。
弾丸がバイソンの厚い皮を削り、自警団の若者の肩を撃ち抜いた。それでも彼らは、一歩も後ろに引こうとしない。
恐怖で足が震えているのが、スコープ越しでも分かった。
それでも、彼らの目には『守るべきもの』への強烈な執着があった。
(……俺は知ってる。あの目は、略奪者の目じゃねえ。国を、家族を、テロリストから守ろうとする時の……俺たち(自衛隊)と同じ目だ)
内調・狗飼が作り上げた「危険な武装集団」という虚構のプロファイリングが、信長の中で完全に崩れ去った。
日本の官僚組織が陥った『失敗の本質』。机上の空論で現場を定義し、致命的な誤射を犯そうとしている。
「……ふざけんな。俺たちは、民間人を撃つために訓練してきたんじゃねえ
信長は、通信機のマイクスイッチをオフにした。
それは、日本国という強大な『システム』に対する、陸戦の申し子の明確な反逆だった。
「全隊に告ぐ。目標を再設定する」
信長は立ち上がり、弾雨の中で腰の『タクティカル・マチェット(大型の山刀)』をカチャリと引き抜いた。
『老人と海』の漁師が、巨大なサメにたった一人で立ち向かったように。彼もまた、組織の不条理という巨大な波に逆らう。
「村の連中は敵じゃねえ。ただの『防衛隊』だ。……我々の真の敵は、幻覚に踊らされて銃を乱射しているあの傭兵どもと、空を飛んでる気色の悪い『蟲』だ」
「し、しかし! 官邸の命令は……!」
「責任は俺が取る。親父の首を差し出してでもな」
信長が獰猛に笑うと、背中に彫られた『仁王』の刺青が、軍服の下で熱を帯びて蠢いたような錯覚が起きた。
甲子園の4番打者として培われた強靭な足腰。北辰一刀流の免許皆伝の剣気。
それが今、近代兵装と完全に融合する。
「レンジャー小隊、これより……ポポロ村の防衛を『援護』する!」
「……ッ! 了解!!」
隊員たちの顔つきが変わった。
理不尽な命令に対する迷いが消え、彼らもまた『誰かを守るための矛』としての誇りを取り戻したのだ。
信長はアサルトライフルを構え直し、PMCと死蟲機が蠢く戦場の中央へと、地を蹴って突撃した。
日本の『合理的な失敗』は、現場の武士道によって間一髪で上書きされた。
だが、戦場にはまだ、信長たちの想像を絶する『理不尽』が二つ、手ぐすねを引いて待っていた。
マッハで動くウサギと、名刺で人を斬る人狼である。




