第四章 崩壊と再生
小章① ゼロ秒前の攻防
日曜日、深夜。 残り時間は六時間を切っていた。 真田は、沙織のマンションの一室を即席の司令室にしていた。 持ち出したハードディスクの中身を解析し、それを全世界に向けて公開するための準備を進めていたのだ。
「いいか、沙織。俺が合図したら、この記事を配信してくれ」
真田は、裏帳簿のデータを分かりやすくまとめた告発記事を沙織に渡した。 タイトルは『ジェンダーバンクの闇:反社資金による設立と、技術者殺害の真実』。
「本当にやるの? これを公開すれば、銀行は確実に破綻するわよ。あなたも逮捕されるかもしれない」
「構わない。……大崎たちに、最後のチャンスを与える」
真田はノートパソコンを開き、銀行のシステム管理センターへビデオ通話をかけた。 管理者権限は剥奪されているが、阿久津が教えてくれたバックドア回線は生きている。
画面がつながった。 映し出されたのは、焦燥しきった大崎常務と、氷川頭取の顔だった。背景では、システムのエラー音が鳴り響き、混乱の極みにある様子が見て取れる。 『破壊フェーズ』へのカウントダウンは、残り三十分を切っていた。
『真田! 貴様、どこにいる!』
大崎が怒鳴った。
「場所はどうでもいい。……取引だ、大崎」
真田はカメラに向かって、ハードディスクとノートを見せた。
「ここには、あんたたちがひた隠しにしてきた『過去の罪』の全てがある。阿久津が命懸けで残した証拠だ」
大崎の顔から血の気が引いた。
「今すぐ、阿久津の殺害を認め、警察に出頭すると宣言しろ。そして、システムを停止させろ。そうすれば、このデータは警察にだけ渡す。一般公開はしない」
『ふざけるな! そんなことをすれば、銀行は終わりだ!』
「断れば、このデータは今すぐ全世界にばら撒かれる。そうなれば、あんたは銀行法違反どころか、組織犯罪処罰法で一生刑務所だ。……どっちみち銀行は終わる。だが、あんたの人生をどう終わらせるかは、今ここで選べ」
残り時間、十分。 画面の中の大崎は、脂汗を流しながら震えていた。 隣にいた氷川頭取が、力なく崩れ落ちた。
『……わかった。認める』
氷川が呻くように言った。
『私が、反社からの資金導入を承認した。大崎君には、その隠蔽を命じた。……阿久津君の件も、闇の組織に金を渡し、事故に見せかけるように指示したのは私だ』
「頭取!?」
『もういい……。これ以上、恥の上塗りはしたくない』
氷川の告白は、センター内のマイクを通じて全職員に聞こえていたはずだ。 真田は深く息を吐いた。
「……賢明な判断です」
真田はキーボードを叩いた。 阿久津がプログラムに仕込んでいた「解除コード」。それは、特定の文字列ではなく、銀行のトップによる『罪の告白(音声データ)』をトリガーにするものだった。 真田がマイクで拾った音声をプログラムに流し込むと、画面上の赤い警告灯が、ゆっくりと青色へと変わっていった。
『System Normalized. Destruction Sequence Aborted.』 (システム正常化。破壊シーケンス、中止)
ギリギリだった。 モニターの向こうで、大崎が脱力して椅子に沈み込むのが見えた。
小章② 静かなる朝
月曜日の朝。 ジェンダーバンクのATMは、通常通り稼働していた。預金残高も無事だった。 しかし、銀行の本店前には、警察車両が列をなしていた。 氷川頭取と大崎常務は、特別背任および殺人教唆の容疑で任意同行を求められ、そのまま逮捕された。 沙織の記事は配信されなかったが、警察発表という形で、銀行の闇の一部は公になった。株価はストップ安となり、金融庁による業務停止命令が出されたが、預金者の資産は保全されることになった。
真田は、警察署の取調室にいた。 彼は、不正アクセス禁止法違反の容疑で出頭したのだ。 だが、彼の表情は晴れやかだった。
「……動機は?」
刑事が尋ねた。
「バグ修正です」
真田は答えた。
「システムには、バグがつきものです。でも、それを放置すれば、いつか全体が崩壊する。……私は、友人が命懸けで見つけたバグを、修正しただけです」




