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残響の先へ

廃都の心臓部が、断末魔のような悲鳴を上げていた。

 制御を失ったエーテルが奔流となって吹き荒れ、鋼鉄の柱を飴細工のように捻じ曲げていく。その嵐の中心で、幾何学模様のゲートだけが、東京の冷たい雨の匂いを運んでいた。


「栄太、早く! これ以上は空間が持たない!」

 キーナは全身から魔力を絞り出し、崩れゆくコンソールに縋り付いていた。彼女の指先からは血が滲み、杖は過負荷で今にも砕け散りそうだ。


 ゲートの向こうには、十年前と変わらぬ――いや、十年後の姿をした故郷が見える。パトライトの赤、ビルの看板、そして驚愕してこちらを見る捜索隊の姿。


「……っ」

 栄太がゲートに一歩を踏み出そうとしたその時、システムの底から最後の一体、漆黒の防衛兵器が槍となってキーナを強襲した。


「キーナ!!」

 栄太は迷わず跳んだ。ゲートへの距離を捨て、彼女の盾となる道を選んだ。


 鈍い衝撃音が響く。栄太は左肩で槍を受け流し、そのままの勢いで兵器の胸元に肉薄した。

「任務……継続!」

 二十式小銃を振り抜き、銃床で敵の頭部を砕く。最後の一発をゼロ距離で叩き込むと、影の兵士はノイズと共に霧散した。


「栄太、何してるの!? 行って、早く行かなきゃ閉まっちゃう!」

 キーナが泣き叫ぶ。ゲートはすでに明滅し、その口を急速に狭めていた。


 栄太は崩れ落ちるキーナを抱き抱え、安全な退避路へと力強く運び出した。そして、震える彼女の手を一度だけ強く握る。


「……すまない、キーナ。自衛官が、市民を置いて先に帰るわけにはいかないんだ」


「何言ってるのよ……そんなの……」


 栄太は自分の肩から、この十年の旅でボロボロになり、キーナが何度も繕ってくれた「日の丸」のワッペンを引き剥がした。そして、それを彼女の小さな手のひらに押し付ける。


「これは、俺がここにいた証拠だ。預けておく。……いつか必ず、迎えに来るまで」


「……っ、約束よ! 迎えに来なさいよね! あなたの国の、最高に美味しい食べ物……食べさせてくれるって言ったんだから!」


 栄太は微笑んだ。この世界に来て、初めて見せる、一人の青年としての穏やかな顔だった。

「ああ。……了解ラジャーだ」


 栄太は翻り、消えゆく光の渦へと駆け出した。

 背後でキーナが自分の名を呼ぶ声が、廃都の崩壊音に飲み込まれていく。


視界が真っ白に染まり、耳を刺していたエーテルのノイズが、唐突に止んだ。


 世界からすべての色が抜け落ちたような錯覚。キーナは、指先に残る温もりだけを頼りに、その空白の中に手を伸ばした。


「……栄太?」


 返る言葉はなかった。

 次の瞬間、廃都の心臓部で巨大な光の爆発が起き、キーナの身体を衝撃波が吹き飛ばした。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 キーナがゆっくりと目を開けた時、そこにはもう、空中に浮かぶ鋼鉄の瓦礫も、不気味に唸る量子計算機も、そして、異世界へ続く幾何学模様のゲートも、何一つ残っていなかった。


 あったのは、ただ、静まり返った広大な空洞。

 天井の裂け目から差し込む月光が、埃の舞う冷たい床を照らしているだけだった。


「……嘘、でしょ」


 キーナは震える膝を突き、床に転がっていた「それ」を拾い上げた。

 栄太が最後まで手にしていた小銃の、空のマガジン。鉄の冷たさだけが、現実に彼がここにいたことを証明していた。


 手のひらを開く。そこには、彼が別れ際に託した「日の丸」のワッペン。

 汚れ、綻びた布切れが、今は何よりも重く感じられた。


「……任務、完了しちゃったのね。……バカね。報告する相手が、もういないかもしれないのに」


 キーナはワッペンを胸に抱き、声を殺して泣いた。

 彼は無事に帰れたのか。それとも、時空の狭間に消えてしまったのか。考古学者として数々の文献を紐解いてきた彼女にも、その答えだけは見つけられそうになかった。

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