十年間のサイレンス
連峰を越えた先に待っていたのは、重力から解き放たれたように空中に静止する、歪んだ鋼鉄の廃都だった。ビル群が剥き出しの鉄骨を天に向け、その隙間を不気味な青い稲妻が走り抜けている。
その廃都の入り口となる、切り立った断崖のキャンプ地でのことだった。
栄太はいつものように、儀式めいた手つきで装備の点検を行っていた。その傍ら、岩の上に置かれた無骨な通信機が、突如として異質な音を吐き出した。
『――ザ、ザザ……ッ……こちらは、総務省……消防庁……』
栄太の手が、凍りついたように止まった。
「栄太? どうしたの、その箱……また精霊が震えてるの?」
異変に気づいたキーナが駆け寄る。だが、栄太は彼女を制するように手を挙げ、全神経を耳に集中させた。
『……本日も、平和式典跡地の復興作業は……計画通り、二十三時を以て……』
「……日本語だ。地球の、公共放送……!?」
栄太は震える指先でダイヤルを回す。ノイズの壁をこじ開けるように、周波数を微調整していく。
「聞こえる……繋がってるんだ、まだ! 日本は、地球は滅びていなかったんだ!」
栄太の瞳に、この世界に来て初めての、歓喜に近い光が宿る。キーナもまた、隣で自分のことのように拳を握りしめた。「よかった……よかったわね、栄太!」
しかし、次に聞こえてきた音声が、その歓喜を凍土へと叩き落とした。
『……続いてのニュースです。十年前に発生した「式典会場消失現象」による合同慰霊祭が、本日、しめやかに執り行われました。未帰還者である工藤栄太二等陸曹を含む、計十二名の隊員の生存は絶望的とされており……』
「……慰霊祭?」
栄太の呟きが、白く濁った吐息となってこぼれる。
『……遺族代表の挨拶では、失われた十年の重みと、今なお残る空間異常への……』
ラジオの声は淡々と、残酷な事実を積み上げていく。
栄太にとっての「数日前」は、地球にとっての「十年」だった。
彼が守りたかった日常。自分を待っていると信じていた家族や友人。そのすべてにとって、自分はすでに「死んだ人間」として過去に整理されていたのだ。
「十年……。俺の時間は、あの日で止まっていたのに……。みんな、もう俺の知らない未来を生きているのか……?」
栄太は力なく膝をついた。通信機から流れるノイズが、まるで彼を拒絶する世界の嘲笑のように聞こえた。
「栄太……」
キーナは、かける言葉を見つけられなかった。彼女にとっての「降臨事件からの十年」は、彼にとっては一晩の悪夢のような乖離。その埋めようのない溝の深さに、足がすくむ思いだった。
栄太は震える手で、通信機の電源を落とした。
静寂が、以前よりも重く二人の間に降り積もる。
「……任務目標は、変わらない」
不意に、栄太が掠れた声で言った。彼は地面を見つめたまま、泥のついた拳を強く握りしめる。
「俺は死んだことにされていても……報告を待っている奴らがいる。……生きて、あいつらの前に立って、任務完了を伝えてやる。それまでは、止まれない」
顔を上げた栄太の瞳には、希望でも絶望でもない、もっと暗く、熱い執念が宿っていた。
キーナは、彼の背負う孤独の重さに涙を堪えながら、その背中にそっと手を添えた。
「行きましょう。……あなたの『十年』を取り戻しに」
廃都から吹き付ける冷たい風が、二人の決意を試すように激しさを増していった。




