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帰還のサバイバル

 北の連峰は、エルトリアの穏やかな気候とは無縁の地だった。

 視界を白く塗りつぶす猛吹雪。一歩足を踏み出すごとに膝まで埋まる雪。キーナはエルフ特有の軽やかな足取りさえ奪われ、荒い息を吐きながら栄太の背中を追っていた。


「……はぁ、はぁ……。栄太、少し……休めない、かしら……。杖を持つ手が、もう感覚がないの……」


 先頭を行く栄太が足を止める。彼はスノーシューを履いた足で周囲の積雪を確かめ、地形をスキャンするように鋭い視線を巡らせた。


「……これ以上は危険だ。低体温症になる。キーナ、あっちの岩陰にシェルターを作る。手を貸せ」


 栄太は手際よく、持参していた強化ナイフで雪のブロックを切り出し始めた。驚くほど正確な手つきで雪を積み上げ、即席の『雪洞』を作り上げる。それは魔法のような派手さはないが、計算され尽くした「生存のための形」だった。


「中に入れ。入り口を塞ぐぞ。……よし、これで風はしのげる」


 狭い雪洞の中、二人は肩が触れ合うほどの距離で座り込んだ。栄太はバックパックから、銀色の薄いシート――エマージェンシーブランケットを取り出し、キーナの身体を包み込む。


「これ……薄いのに、暖かいわ……」

「体温を逃がさないための道具だ。……ほら、これも食え。エネルギーが必要だ」


 栄太が差し出したのは、自衛隊の戦闘糧食レーション。加熱剤に水を注ぐと、シュンシュンと音を立てて蒸気が上がり、狭い雪洞の中に温かい米と肉の匂いが立ち込めた。


「魔法も使わずに、水だけで熱が出るなんて。……栄太のいた世界は、本当に不思議なことばかりね」

「魔法がない分、知恵と技術で補うしかなかったからな。……俺の部隊では、こういう雪中行軍は日常茶飯事だった」


 栄太はスプーンで自分の分を口に運びながら、遠い目をした。


「……栄太。さっきの『記録の結晶』で見たこと、気にしてるの?」

 キーナがブランケットを握りしめながら、そっと尋ねた。


「……あの空の色だ。俺たちの世界から、エーテルが吸い上げられていた。もしあの後、地球がどうなったのかを考えると……」

 栄太の手が止まる。誇り高き自衛官として、故郷を、守るべき人々を救えなかったかもしれないという恐怖。それが、この極寒の地で彼を孤独にしていた。


「……ねえ、栄太。見て」

 キーナが自分の杖の先端を、雪洞の壁に近づけた。微かな光が雪に反射し、万華鏡のような美しい模様を描き出す。


「この世界のエーテルは、自然の力。でも、あなたから教わった『物理』や『技術』は、生きようとする人の意志そのものだわ。……きっと、あなたの故郷の人たちも、そうやって抗っているはずよ。あなたみたいに」


 キーナは少し照れたように笑い、栄太の厚いグローブの上から、その手を握った。


「私が絶対にあなたを帰してあげる。エルフの誇りと、私の全知識にかけてね。……だから、そんな顔しないで」


 栄太は目を見開き、そしてゆっくりと、視線をキーナへ戻した。

 凍てつく寒さの中、彼女の手の温度だけが、驚くほど確かに伝わってくる。


「……ああ。……すまない。任務目標を再定義する」

 栄太は少しだけ表情を緩め、彼女の手を握り返した。

「『地球への帰還、および協力者キーナの生存確保』。……これに全力を尽くす」


 吹雪の音はまだ止まない。しかし、小さな雪洞の中には、火薬の匂いでもエーテルの光でもない、二人の確かな信頼という温もりが満ちていた。

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