4話 4精霊
天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。
二人の「居場所」がどんどん広がっていく様を描けたらいいなと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「入りなさい」
レフィーナが穏やかに声をかけると、木製の扉が開かれた。
そこから静かに入室してきたのは、四人の男女だった。
先頭を歩くのは、燃えるような赤髪を後ろに流した、長身で端正な顔立ちの青年だ。隙のない所作で燕尾服を纏い、片眼鏡の奥にある瞳は、冷徹なまでに静まり返っている。彼は手に銀色のトレーを持っていた。
続いて、透き通るような青い長髪をボブカットに切り揃えた、切れ長の目をしたメイド服の女性。
その背後には、身軽そうな緑の狩人のような服装に身を包んだ、ネアより少し背の高い少年。
そして最後に続くのは、自身の背丈ほどもある大きな鉄槌を担いだ、黄色いワンピース姿の幼い少女だった。
四人は一糸乱れぬ動きで部屋の中央まで進むと、レフィーナの前で深く頭を下げた。
その光景は、一見すれば高貴な貴族に仕える有能な使用人たちのそれだったが、ネアは彼らの姿に形容しがたい違和感を覚えた。
(……あ。瞳の中に、光がない)
ネアは思わず息を呑んだ。
彼らの瞳には、生きている者なら誰しもが持っているはずの輝きが一切存在しなかった。
まるで磨き上げられただけの無機質なガラス玉。あるいは、深い闇を湛えた底なしの沼。
端正な顔立ちであればあるほど、その感情の欠落した双眸は、見るものに緊張感を与える。
「主様。お加減はいかがですか」
赤髪の執事が、抑揚のない声で問う。
彼らはネアを一瞥もしない。ただひたすらに、主であるレフィーナだけを見つめていた。
「ええ、もう平気よ。心配をかけたわね、赤」
「……主様の御身が無事であれば、それで足ります。我々の霊基が揺らぐほどの魔力枯渇でしたが……。一時は、主様の消滅による『契約破棄』も覚悟いたしました」
淡々とした言葉。しかしそこには、隠しきれない焦燥が伺えた。
「ネア、紹介するわね。この子たちはこの森に住まう精霊たちよ」
「せ、精霊……?」
ネアは驚いて四人を見上げた。
精霊とは、自然の力が具現化した存在だと本で読んだことがある。だが、こんなにはっきりとした人の形をしているとは知らなかった。
「まあ、精霊に個別の名前なんてないから、私は髪の色で呼んでいるけれど。赤、青、緑、黄よ」
レフィーナの紹介を受け、赤髪の執事――赤が、ようやくネアに視線を向けた。
その瞳は冷ややかで、観察するような鋭さを持っていた。
「お初にお目にかかります。……それで、主様。そちらが原因ということでよろしいですね」
単刀直入な問いかけに、室内の空気が張り詰めた。
つられるように、他の三人の視線も一斉にネアへと突き刺さる。
「……見て取れます。主様の全魔力の九割が、この個体の修復に費やされた痕跡が」
青い髪のメイド――青が静かに告げる。
その事実に、ネアの顔から血の気が引いた。
(僕のせいで……レフィーナ様が、力を……?)
自分を救うために、彼女は命を削ったのだ。
「我々精霊は、主である神の力、神気を糧として存在を維持するものです」
赤が淡々と、しかし重みのある口調で語り始めた。
「もし主様が力を使い果たし消滅すれば、我々の精霊としての力は微細なものになってしまいます。別の神や土地脈を探して放浪し……最悪の場合、自我を保てず霧散することになるでしょう。貴方様が主様から力を奪った行為は、我々眷属にとっても死活問題でした」
怒声ではない。ただ純然たる事実として突きつけられた言葉に、ネアは言葉を失った。
自分の命が救われた代償に、彼らの生活、彼らの命までも奪ってしまうところだったのだ。
「ふうん。こんなに小さいのに、主様の力を底まで飲み干すなんてねぇ」
緑の少年が、窓枠に腰掛けながら首を傾げた。
その口調に悪意はない。ただ、目の前の少年の存在を不思議がっているだけだ。だが、その純粋さがかえってネアの胸を抉った。
「申し訳、ありません……!」
ネアは反射的に頭を下げていた。
謝って済むことではない。けれど、謝罪せずにはいられなかった。
「あらあら、ネアをいじめるのは私が許さないわよ。それにこの子は、私の命の恩人よ」
レフィーナが鈴を転がすような声で割って入る。
「そーだよ。いじめるのはよくないよー」
レフィーナに続いて、小さな体に不釣り合いな鉄槌を担いでいる黄と呼ばれた少女が、両手を腰に当てながら赤に言う。
しかし、赤は静かに首を横に振った。
「いじめているのではありません。事実を確認したまでです。……ですが」
執事は言葉を継いだ。
「主様を危険に晒したことは看過できませんが……結果として、主様は膨大な力を取り戻された。全盛期には及びませんが、貴方様の祈りが、枯渇しかけた主様の器を再び満たしたことは事実」
赤は恭しく一礼すると、持っていた銀色のトレイを差し出した。
そこには、湯気を立てるスープ皿が乗せられていた。
「我々は精霊。利によって動き、理によって仕える存在。……主様を救った功績は、危険因子であることを差し引いても、評価に値します」
「……え?」
「主様より、貴方様の看病を仰せつかっております。……どうぞ」
差し出されたのは、スープだった。
ネアは戸惑いながらも、その温かな皿を受け取った。
「生物には、栄養摂取が必要だと認識しています。森の有機物を加熱処理しました。ただ我々精霊には生物のような味覚という機能は備わっておらず、貴方様の口に合う保証は致しかねますが」
青が淡々と補足する。
彼ら精霊は、生物の持つ感情も五感も希薄だ。ネアを見ているのも、瞳による視覚ではなく、精霊としての力でネアの存在を感知しているのだ。
このスープも、ただ生物には栄養が必要だから作ったという、精霊としての役割を果たしたに過ぎない。
「……ありがとう、っございます」
ネアはレフィーナへの罪悪感を振り払うと、スプーンを手に取り、一口、スープを口に含んだ。
「……っ」
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