19話 天魔の千剣と、甘い報酬
天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。
「き、君は……?」
「ダメよっ! アナタたちっ! 逃げなさい!!」
困惑するユウと、悲痛な叫び声を上げるカリーナ。
だが、ネアは背後を振り返らず、手で強く拳を握りしめた。
(……なんて、格好いいんだろう)
自分たちより遥かに巨大な敵に向かっていく村人たち。
恐怖に震えながらも一歩も引かなかった少年。
そんな村人たちを、少年を、我が身を呈して守ろうとしている女性。
その姿は、かつて絶望の中で自分を救ってくれた、あの女神様の姿と重なった。
(僕も……守りたい。レフィーナさんが僕にしてくれたように、僕も誰かのために!)
ネアは静かに右手をかざした。
黄金と紫の瞳が、冷静に敵を分析する。
(背中の針は危険すぎる。弱点は……おそらく腹部。でも、あの巨体をひっくり返さないと届かない)
ネアは天魔の子。天と魔の魔法は操れても、本来この世を司る属性魔法は使えない。
だが、今の彼には頼れる仲間がいる。
(黄さん、緑さん……力を貸して!)
ネアは自身の魔力を、周囲にいる二人の精霊へと波長を合わせて神気を借りる。
(彼らが近くにいる今なら、その属性に干渉できる!)
「【土塊の激昂】!」
ネアが両手で地面を叩くと、黄の神気が共鳴し、猪の足元の地面が爆発的に隆起した。
巨大な岩の柱が、『剛針の突進猪』を真下から突き上げる。
「ブモッ!?」
土塊が巨体の腹に直撃し、無防備に宙へ舞い上がった。
露わになったのは、針のない柔らかな腹部。
「逃がさない……【風の縛鎖】!」
間髪入れずにネアが空を掴む。
緑の風がネアの意思に応え、空中で主の巨体を逃さぬよう、強固に縛り上げた。
土で打ち上げ、風で止める。
そのあまりに流麗な連携に、黄と緑は驚愕の声を上げた。
「ネアすごーい! ボクたちのまほうつかってるー!」
「おいおい、嘘だろ……! しかも俺と黄は反属性だぞ……。この一瞬で両属性とも習得したってのか……?」
精霊ですら舌を巻くその光景は、ルズの村人の目にも、明らかに異常な「奇跡」として映っていた。
通常、人間が生まれ持つ適性属性は一つ。天才と呼ばれても二つが限界だ。
しかし、目の前の少年は、二つの属性をいともたやすく操ってみせる。
「なんなんだ、この子は……。本当に、人間なのか……?」
ユウの背筋に、冷たいものが走る。
それは恐怖ではない。だが、あまりにも巨大すぎる存在を前にした時に感じる、本能的な畏怖だった。
だが、ネアの「規格外」はここからが本番だった。
「これで終わりです! 【天魔の千剣】」
ネアの言葉と共に、主の真下の空間が歪んだ。
現れたのは、黄金の光を纏った剣と、漆黒の闇を纏った剣。
その数、千。
「この属性は……!? 信じられない……」
元聖女として王宮に仕えてきたカリーナだからこそわかる、二つの属性。
普通の人間が絶対に使うことができない魔法が、剣の形で顕現されていく。
カリーナの喉元がコクリと動く。
起こるはずのない奇跡がまさに今、目の前で起こっているのだ。
ネアが指揮者のように指を振り上げると同時、展開された千の刃が呼応した。
それは剣というよりは、光と闇の流星群。
逆巻く滝のように奔流となった魔力の刃が、物理法則を無視して下から上へと突き抜ける。それは針のある背中には触れず、無防備な腹部だけを正確無比に貫いていく。
猪は悲鳴を上げる暇もなかった。
光の剣が四肢を縫い止め、闇の剣が心臓を貫く。
ドサァァァァァッ!!
巨大な猪は、針を一本も撒き散らすことなく、静かに大地へと伏したのだった。
広場にシンとした静寂が訪れる。
「す、すげえ……」
「あんなデカブツを、一瞬で……?」
「や……やったああああぁぁぁぁっ!!」
村人たちが歓喜に沸く中、ネアはふらりとよろめいた。
不慣れな他属性への干渉と、極度の魔力制御で、軽い『糖分枯渇』を起こしかけていたのだ。
「はぁ……はぁ……、うまくいき、ました……かね……?」
言い終わる前に、思考が白く霞んでいく。
ガクン、と膝が折れた。
「っ、危ない!」
倒れそうになったネアを、豊満で柔らかな体をした女性が抱き留めた。
ユウと同じ、オレンジ色の髪をくるくるとパーマさせた、ユウの母でありパン屋の女将、ポリーだ。
「なんて軽い体なの! 顔色が真っ白じゃない!」
「あ……えと、多分、糖分が……足りなくて……」
とろんとした目で力なく呟くネア。
それを聞いたポリーは、エプロンのポケットをがさごそと探った。
「ほら、これをお食べ! 特製ハニー・クッキーよ!」
彼女が取り出したのは、麻袋に入った大量のクッキーだった。
「お茶菓子にしようと思って焼いておいたのよ。でも、今はあんたが全部お食べ!」
「あ、全部は……」
「いいからいいから!」
ポリーが強引にクッキーをネアの口へ運ぶ。
すると、それを見ていたカリーナも、ハッとしたように自身のポケットを探った。
「そうだったわね。私もポリーから預かっていた分があるわ」
カリーナが取り出したのも、同じく小袋に入ったクッキーだ。
「え、えぇ……そ、そんな、大丈夫ですからっ」
「ほら、口を開けて」
さらに、横からユウも申し訳無さそうに手を伸ばしてくる。
「……俺も、母さんに『後でエリと食え』って無理やり持たされてたんだ」
「えっ、いや、もうさすがにいっぱい……!」
ネアの目の前に、三人分の甘味の山が差し出される。
右からポリー、左からカリーナ、正面からユウ。
「んぐっ……はむ、もが……っ!?」
「ほらほら、遠慮しないで! 若いんだからもっと食べなさい!」
「ふふ、リスみたいで可愛らしいわね」
「命の恩人なんだから、遠慮すんな」
次々と口の中に放り込まれるクッキー、クッキー、クッキー……。
口いっぱいに広がる濃厚な蜂蜜の甘さと、少しの窒息感。そして何より、彼らの暑苦しいほどの温かさ。
(あわわわわ……)
ネアの瞳に、少しずつ理性の光が戻ってくる。
彼は口いっぱいに頬張ったまま、ほっこりと頬を緩めた。
「……おいひい、れす」
その温かな光景を、戻ってきた避難組の村人たちが呆気にとられたように見ていた。
だが、すぐに安堵の波が広がる。
その中から、一人の少女が飛び出してきた。
「お母さん! ユウッ!!」
子供たちの避難誘導を終えて戻ってきた少女――エリだ。
カリーナ譲りの艶やかな長い薄金髪を振り乱し、母親の無事を確認すると、その勢いのままユウに抱き着いたのだ。
「エ、エリ……!?」
急なことに顔を真っ赤にして固まるユウ。
そんなユウをよそに、エリは震える手でそっと彼を抱きしめた。
「よかった……。本当によかった……」
その声は微かに震えていた。
ただひたすらに、大切な人の無事を神に感謝するような、切実な響き。
その大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「エリ、あの、みんな見てるから……」
「……よかった。無事で……」
エリはユウの心音を確かめるように、じっと胸に耳を押し当てていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
涙に濡れた瞳でユウを見つめるが、その唇には次第に、悪戯っぽい笑みが浮かび上がってくる。
「ふふっ。ユウ、心臓の音、すっごく速いよ?」
「なっ!?」
「顔も真っ赤。……そんなに私に抱き着かれて、嬉しかった?」
「ち、ちがっ! 違うから!!」
ユウが裏返った声で否定する。
その初々しいやり取りに、カリーナとポリーは顔を見合わせて、ニヤニヤと笑った。
「あらあら。私の可愛い娘と、未来のお婿さんが熱いわねぇ」
「うふふ、若いっていいわねぇ。青春だわー」
「母さんたちまで! からかわないでよ!」
平和な笑い声が、村に満ちていく。
そんな中、村長のバルトが串刺しになった巨大なボアを見て、ニカっと歯を見せて笑った。
「ガーッハッハ! こいつぁすげえ! 極上の肉が向こうから飛び込んできやがった!」
バルトがネアの肩をバンバンと叩いた。
思わぬ衝撃にネアが驚くと、バルトは豪快に感謝を告げる。
「よう、小さな英雄さんたちよ! お前さんたちのおかげで村は救われた! それに、こんな立派な獲物まで手に入ったんだ!」
彼は村人たちに向かって、今日一番の大声で宣言した。
「野郎ども! 今日は猪鍋パーティーだ! この英雄たちを盛大にもてなすぞォッ!」
「「「うおおおおおッ!!」」」
村人たちが歓声を上げ、ナイフを持って巨大な肉塊へと群がっていく。
「わーい! おにくー! きーも、みんなといっしょにたべてみるー!」
黄がぴょんぴょんと跳ね回る。
それを聞いた村人の一人が、驚いたように目を丸くした。
「おや? きーちゃん、いつもは『ご飯はいらない』って言ってたのに、珍しいな」
精霊である彼らは、本来食事を必要としない。
神気だけで生きられる彼らにとって、人間の食事は味も薄く、摂取する意味のない行為だったはずだ。
「ああ。昨日、こいつが作ったスープを飲んでな。少しばかり『味』ってやつに興味が湧いちまったんだよ」
緑が肩をすくめて笑う。
ネアの作った神気の籠った料理で、彼らの希薄だった味覚は刺激されていた。
人間の作る普通の料理では、ネアの料理とは違い神気を得ることはできない。味もぼんやりとしか分からないかもしれない。
それでも――。
「みんなで囲む飯ってのも、悪くない気がしてな」
恐怖は去り、そこには生きる喜びと、温かい宴の時間が訪れていた。
「これが――人間なのですね」
ネアはクッキーを齧りながら、その逞しくも優しい人々の営みを、眩しそうに見つめた。
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