18話 猛る剛針の群れと、小さな英雄
天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。
ドドドドドドドッ……!!
腹の底に響くような地鳴りが、のどかなルズの村を震わせた。
村を覆う半透明のドーム――結界の外側を、全身を鋭い針のような剛毛で覆った猪の魔物、『剛毛の突進猪』の群れが埋め尽くしている。
その数、およそ百匹。
彼らは理性なき砲弾となり、雨あられのように結界へと体当たりを繰り返していた。
「弓隊、構えッ! カリーナの結界が護ってくれている間に、一匹でも多く減らすんだ!」
岩のような筋肉を持つ巨漢、村長のバルトが怒号を飛ばす。
広場には、村人たちが整然と陣形を組んでいた。
結界の内側から、矢や投石、簡易な攻撃魔法が雨のように放たれる。
「放てェッ!!」
ヒュン、ヒュンッ!
「ギャウッ!?」
放たれた矢が結界をすり抜け、外にいるボアの眉間や喉を正確に貫く。
結界は「外からの敵意」を遮断し、「内からの攻撃」を通す特性を持っているのだ。
「よし、命中だ! 次弾装填!」
「畑を荒らす害獣どもに、人間様の意地を見せてやれ!」
村人たちの目に怯えはない。
彼らはただ守られるだけの弱者ではなく、家族と故郷を守るために戦う「狩人」だった。
「くっ……! まだ……まだよッ!」
村の中央。
結界の維持を担うカリーナは、苦悶の表情で杖を握りしめていた。
彼女はかつて王宮にその名を轟かせた聖女の家系であり、今は隠居の身としてこの村の守護をしている。陽の光を透かすような薄い金髪を一本に束ね、その背筋を凛と伸ばしている。
その姿は、今もなお色褪せない聖女としての立ち振る舞いだった。だが、その知的な美貌には玉のような汗が浮かび、呼吸は浅く、早くなっている。
(皆が必死に魔物の数を減らしてくれている。なら、私は一秒でも長くこの結界を維持するだけ!)
すでに数十匹のボアが村人たちの攻撃で沈んでいた。
だが、敵の数は多すぎる。
死体を踏み台にして、後続のボアが休む間もなく結界へ突進を繰り返す。
ガギィッ……!!
結界の輝きが、危険な色に明滅した。
「いかん……カリーナが限界だ! 槍隊、前へ!」
バルトが即座に指示を切り替える。
弓隊が下がり、長槍を持った男たちが前衛に出る。
「はぁ、はぁ……! この村を守るためなら、これくらい……!」
村の皆を、そして大切な娘を守るため、カリーナは唇を噛み締め、力を振り絞る。
だが――限界は、唐突に訪れた。
パリンッ!!
一際大きな衝撃が走り、結界の一部が砕け散った。
そこから、怒り狂った数匹の剛毛の突進猪が雪崩れ込んでくる。
「今だ! 突けえぇぇぇっ!!」
バルトが先陣を切って飛び出した。
剛腕から繰り出された槍の一撃が、先頭のボアの眉間を深々と貫く。
続く村人たちも、連携して魔物を迎撃する。
だが、雪崩のような勢いは止められない。数匹のボアが防衛線を突破し、魔力切れで膝をついたカリーナへと殺到した。
そのときだった――。
「カリーナさん!」
カリーナの前に、少年が飛び出した。
「ユウ君!? 下がっていなさい!」
「嫌だ! エリの大切な人……カリーナさんは俺が守るんだ!」
少年――ユウは、震える声で吠えた。
特徴的なオレンジ色の髪を短く切りそろえ、少しおでこの出た顔立ち。まだ幼さは残るものの、その顔は決死の覚悟が滲み出ていた。握りしめた剣は父親のお下がりで、足は恐怖でガクガクと震えている。
それでも、彼は一歩も引かなかった。
ここで逃げれば、大切な幼馴染の母親を守れない。誇り高き王宮騎士だった父を見て育った彼に、逃げるという選択肢は無かった。
(怖い……怖いけど……っ!)
ユウは奥歯を噛み締め、恐怖を勇気で塗りつぶす。
「来るなら来い! 俺が相手だ!」
ブモオオオオォォォッ!!
突進してくる複数のボアの巨大な牙が、ユウの目の前に迫る。
カリーナが悲鳴を上げ、ユウを庇おうと手を伸ばす。
――間に合わない。
誰もがそう思い、目を伏せた瞬間だった。
「だめーーーーッ!!」
頭上から、可愛らしい怒号が降ってきた。
ズドオオオォォォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、ボアの巨体がボールのように吹き飛んだ。
土煙が舞い上がる中、ユウの目の前に着地したのは、身の丈ほどの巨大なハンマーを持った、小さな少女だった。
「ここは! きーの! すきなむらだもん!!」
ふんす、と鼻息荒く仁王立ちするのは、土の精霊、黄だ。
彼女は愛用のハンマーを軽々と振り回し、次々と飛びかかってくるボアたちを豪快なフルスイングで場外へと弾き飛ばしていく。
その姿を見た村人たちが、パァッと顔を輝かせた。
「お、おおっ! きーちゃんだ!」
「きーちゃんが助けに来てくれたぞー!」
「いけーっ! 俺たちも続くぞっ!」
村人たちは黄のことをよく知っていた。
彼女はこの村が大好きで、以前はよく遊びに来ていたのだ。
「ったく、先走りすぎだぜ。無邪気な妹分を持つと苦労するな」
呆れたような声と共に、今度は緑色の風が戦場を駆け抜けた。
風の精霊、緑だ。
「ギャッ! ガウウゥッ!? ブモウゥッ!?」
彼が指先を振るうたびに、不可視の風の刃――カマイタチが発生し、黄が打ち漏らしたボアたちの足を正確に切り裂いていく。
「緑さんも来てくれたぞ!」
「ガッハッハ! 精霊様たちが味方してくれてる! 押し返すぞ!」
バルトが豪快に笑い、槍を振るう。
強力な援軍を得て、村人たちの士気は最高潮に達した。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「ブモオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」
空気がビリビリと震えるほどの咆哮。地響き。地鳴り。
森の奥から、周囲の木々をなぎ倒しながら、とてつもない巨体が現れた。
通常のボアの十倍――家屋ほどの大きさを持つ、群れの主。
瘴気を大量に吸って変異した、強大な魔物、『剛針の突進猪』だ。
その背中には、鋼鉄よりも硬く鋭い「針」が、剣山のようにびっしりと生えている。
「お、おっきい……! トゲトゲいっぱい……!」
「黄、気をつけろ! あいつの針は厄介だぞ!」
緑が警告するが、黄は構わずに跳躍すると「えーい!」とハンマーを振り下ろした。
だが、主は体を震わせ、背中の針を逆立てて防御する。
ガギィンッ!!
ハンマーが針に当たり、火花が散る。
その衝撃で、鋼鉄の針が数本、弾け飛んだ。
「危ないっ!」
緑が慌てて旋風を巻き起こし、飛び散った針の進路を変えていく。
針はグサリグサリと地面に深く突き刺さり、粉砕していく。もし人間に当たっていれば、ひとたまりもないだろう。
「チッ、なんてやつだ……!」
緑が舌打ちをする。
殴れば針が散弾銃のように飛び散り、風で切り裂いても破片が村に降り注ぐ。
精霊たちだけなら倒すことは造作もないが、その余波で背後の村人たちを守りきれないのだ。
精霊たちの一瞬のスキを突いた巨大な猪は、その狙いをユウとカリーナに見定めた。
猛烈な勢いで巨体を揺らし、二人に突撃する。通常のボアとは比べ物にならない、鋼鉄の双槍の如き牙が襲い掛かる。
「しまっ……!」
カリーナがユウを守ろうと、杖を構え直そうとした時。
「――させません」
戦場に、静謐な声が響いた。
いつの間にか、『剛針の突進猪』とユウたちの間に、一人の人物が立っていた。
目深にフードを被った、小柄な少年。
ネアだった。
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