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天魔の落とし子と追放女神 ~命の恩人と始めた2人きりの居場所は、やがて世界を照らす最強の聖域となる~  作者: スージー・ウエストウッド
第1章 天魔の落とし子と追放女神

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13話 不器用な執事とネアの力

天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。


ベタな展開が大大大好きです。


※2026/1/27リライトしました


 食卓には、空になった皿と穏やかな朝の陽光が残されていた。ネアが作った温かなスープの余韻(よいん)が、リビングの空気を優しく満たしている。



「ネア……すっごくおいしかった。きー、またこれたべたい」



 きーが空の皿をじっと見つめ、黄金色の瞳をネアに向ける。



「……ええ。驚いたわ、料理がこれほどの物だなんて。ご馳走様、ネア」



「ああ、これならいつでも歓迎だぜ!」



 (あお)が淡々と、(みどり)快活(かいかつ)に笑う。最後にレフィーナが、慈愛(じあい)に満ちた微笑みをネアに向けた。



「私の神核(しんかく)まで癒やしてくれる料理だもの。これからも、あなたの力が必要になりそうね」



「っ……! はい! もちろんです!」



 ネアは胸がいっぱいになり、何度も頷いた。天界では得られなかった「必要とされる喜び」が、身体の芯からじんわりと温めていく。


 そんな(なご)やかな空気の中、一人だけ沈黙(ちんもく)を守っていた(あか)が、音もなく椅子から立ち上がった。彼はネアの正面まで歩み寄ると、執事(しつじ)としての端正(たんせい)な姿勢を崩し、その場に深く頭を下げた。


「……? 赤さん、どうしたんですか?」



「……ネア。いえ、ネア殿。貴方に、謝罪(しゃざい)しなければならないことがあります」



 赤の声は低く、硬い。彼は顔を上げ、片眼鏡の奥の瞳を(わず)かに揺らした。



「……私は貴方を"試して"いました」



「……試す?」


 ネアはポカンとした表情で赤を見つめる。


厨房(ちゅうぼう)で貴方にお渡しした火の神気石(しんきせき)。あれは本来、相応(そうおう)の魔力を持たぬ者が触れれば、制御を失い暴走を引き起こす代物でした。万が一の際は私が抑え込むつもりでしたが……」


 赤は言葉を区切り、さらに深く腰を折る。


「レフィーナ様が(かくま)った貴方が、その(そば)に足る人物かどうか。ネア殿を試したのです。ですが……執事として、あまりに不遜(ふそん)な振る舞いでした」


 リビングの空気が、一瞬で張り詰める。

 レフィーナが重い口を開くより先に、青がすっと動いた。


「……赤」


 赤が顔を上げた瞬間、青の指先がしなやかに弾けた。


「――っ!」


 乾いた音と共に、赤の額に鮮やかなデコピンが決まる。衝撃に思わずよろけた赤は、そのまま片膝をついた。


「あ、青さん!?」


 突然のことにネアは狼狽(うろた)えるが、青は冷徹(れいてつ)な瞳で赤を見下ろしたまま言い放つ。


「レフィーナ様の賓客(ひんきゃく)に対して、あまりに配慮を欠いた行動よ。……少しは頭を冷やしなさい」


 それは仲間としての警告であり、(あるじ)であるレフィーナの激昂(げきこう)から赤を遠ざけるための、彼女なりの処世術(しょせいじゅつ)でもあった。


 すると、張り詰めた空気をあえて茶化すように、緑が肩をすくめる。


「はは、完敗だな赤。ネアにはそんな小細工、通用しねえんだよ」


「あか、めっ! ネア、いじめたら、だめ!」


 きーも頬を膨らませて抗議する。赤は反論せず、ただ静かにそのデコピンの痛みを噛みしめるように目を閉じた。

 その様子を見て、レフィーナが小さく息を吐いた。






「……全く。他の精霊たちが先に(いさ)めてくれたことに感謝なさい、赤」



「申し訳……ございません……」


 赤が目を伏せ、女神からの言葉を粛々と受け止める。

 レフィーナはネアの肩を引き寄せ、赤を真っ直ぐに見つめた。



「ネアは私が招いた大切な子です。次に彼を傷つけるような真似をすれば、例え貴方であっても私は許しません」



「……御意(ぎょい)に。二度と、このような愚行(ぐこう)はいたしません」


 自分の行為が女神への裏切りだったと真に悟った執事が、深く頭を垂れた。

 が、レフィーナは眼下の忠臣に、フッと微笑んだ。




「――ですが貴方が私の身を案じ、この家を守ろうとした行為は評価に値します。赤――ありがとう」




 その言葉に赤はハッと顔を上げた。


 そこには。これまで永きにわたり忠誠を尽くしてきた、安息と救済の女神レフィーナの慈悲が滲んでいた。赤は一瞬言葉を失い、それから震える声で絞り出した。



「……身に余る光栄に、ございます……」



 赤は立ち上がり、ネアに向き直ると、今度は一人の男として深く(こうべ)を垂れた。当のネアは、ようやく事態を飲み込み、驚きの声を上げた。



「……え!? あの、赤さん。あの石、そんなに危ないものだったんですか? でも、全然怖くなかったですよ。むしろ、手に取った瞬間、神気石の意志がスッと入り込んで、自然に身体と繋がる感覚だったんです」



「身体と、繋がった……?」


 赤が弾かれたように顔を上げた。神気石を「使う」のではなく、神気そのものと「繋がる」。赤の片眼鏡の奥で、瞳が驚愕に揺れた。



「そ、そんな! 赤さんのおかげで、あの石から力を借りることができたんです。だから、あまり自分を責めないでください。赤さんが貸してくれたから、朝食が作れたんですから」



 ネアは屈託(くったく)なく笑い、赤の手を両手で包み込んだ。

 その温もりに触れ、赤は言葉を失った。自分が向けた不信を、この少年はこうも容易く受け流してしまうのか。



「……ネア殿。貴方のその寛容(かんよう)さに、救われました。改めて、お詫びいたします」



 赤は居住(いず)まいを正し、一礼した。疑念は消え、彼の中にはネアという少年の「底知れなさ」に対する、奇妙な興味と確かな敬意が芽生えていた。


「はは、まあいいんじゃねえか。これでひとまず、ネアはこの家の一員ってことで決まりだな」


 緑がニシシと笑い、ネアの肩を軽く叩く。


「ええ。ネア、私の力が必要なときは言って。気が向いたら協力するわ」


 青も柔らかな微笑みを浮かべる。


「ネア、いっしょ!」


 きーは嬉しそうにネアの裾を握り、黄金色の瞳を輝かせた。



「ありがとうございます、皆さん! 僕、もっと頑張ります。お料理も、お掃除もお庭の手入れも、僕にできることは全部任せてください!」



 ネアは拳を握り、やる気に満ちた笑顔で宣言した。




「……あ、でも! 僕、自分一人の力じゃ魔法が全然使えないので、料理のときはまた赤さんの神気石を貸していただけると助かります」




 『自分一人の力じゃ魔法が全然使えない』




 そのあまりに無自覚(むじかく)な言葉に、一同は時が止まったように顔を見合わせた。

 あれほどの神気石を瞬時に(したが)え、精霊の核を癒やしておきながら、本気でそう信じ込んでいるのだ。



 そんな中、レフィーナがネアを背後からふわりと抱きしめた。




「ネア……。あなた、自覚がないかもしれないけれど……魔法が使えてるわよ」




「…………へ?」




 きょとんとするネアの耳元で、女神は楽しげに、けれどどこか底知れない響きを(はら)んだ声で(ささや)いた。




「それも――この世界の(ことわり)すら、容易(たやす)く塗り替えてしまうほどの魔法を」





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