表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天魔の落とし子と追放女神 ~命の恩人と始めた2人きりの居場所は、やがて世界を照らす最強の聖域となる~  作者: スージー・ウエストウッド
第1章 天魔の落とし子と追放女神

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/20

12話 温かな食卓

天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。


美味しい料理って最高ですよね。



 リビングに漂うスープの香りは、これまでの静謐(せいひつ)な空気をごく自然に、そして色鮮やかに塗り替えていた。

 ネアはトレイを持つ手に心地よい重みを感じながら、きーが丹念(たんねん)に磨き上げた真っ白な皿を、一人ひとりの前に、丁寧に並べていく。


 長机の端にレフィーナが座り、長辺の左右には(あか)(あお)(みどり)、そして(きー)が席についている。普段はどこか超然(ちょうぜん)としている彼らが、今は目の前の一皿から立ち上る湯気をじっと見つめている。


「皆さん、お待たせしました。トマトのスープと、軽く炙ったパンです。どうぞ、温かいうちに食べてください」


 ネアがそう声をかけると、最初に動いたのはレフィーナだった。彼女は期待に瞳を輝かせ、優雅な手つきでスプーンを手に取った。


「ふふ、とってもいい香り。……いただきます」


 真っ赤なスープを一口、口に含んだ瞬間――。

 レフィーナの動きが止まった。彼女は驚いたように目を見開き、そして深く、深く溜息をついた。



「……! 美味しい……! ネア、なんて美味しいのかしら! こんなに心が満たされる味、私、初めてかもしれないわ!」



 レフィーナは感嘆の声を上げ、夢中にもう一口、さらに一口とスプーンを動かした。


「すごいわ……単に味が良いだけじゃない。温かくて……優しい味……。それに喉を通るたびに、神気(しんき)がどんどん満ちていく……。まるで魔法みたいな料理ね」


「そ、そんな大袈裟な」


 ネアは気恥ずかしそうに、両手を控えめに振る。



 しかし、レフィーナの言葉は誇張ではなかった。



 彼女がスープを嚥下(えんげ)するたび、封印されていたことによって摩耗(まもう)していた神核(しんかく)が修復されていく。神の力を得たネアが想いを込めて作った料理は、食した者の能力を向上させ、言葉通り、"神気を満たす料理"と化していたのだった。


 レフィーナは自らの身体の奥底から湧き上がる、全能感に近い活力を、神としての本能を震わせた。彼女がこれまで口にしてきたどの供物(くもつ)よりも、この一皿は温かく彼女の魂を潤していた。


「みんな。食べてごらんなさい。きっと感動するわよ!」


 レフィーナが促すと、精霊たちも次々とスプーンを手に取った。

 まず勢いよく食べたのは緑だった。



「うおっ!? なんだこれ!? これが……"美味い"って感覚なのか!? 精霊の俺でもわかるぞ……! 身体の底から力がみなぎってくる!」



 緑は興奮した様子で、こんがりと焼けたパンをスープに浸し、大きな口で頬張った。


「このパンも最高だ! スープを吸って、じゅわっとして……たまんねえな!」


 続いて、赤が慎重に、だが期待を込めて一口を味わった。

 そして口にした瞬間、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる。



「……なんですか、これは。私が理屈で積み上げてきた"調理"の概念が、根底から覆されました。五感という概念が希薄(きはく)な我らでも、この違いは大いに分かります……。なんということだ……」



 赤は片眼鏡を指で押し上げ、冷静な口調を保とうとしながらも、その瞳には隠しきれない動揺が宿っていた。

 青もまた、自分の提供した水がネアの手を経て、至高(しこう)のスープへと変貌(へんぼう)していることに目を見開く。



「……信じられないわ。私が濾過(ろか)したときよりも、ずっと魔力の浸透(しんとう)率が高まっている。身体の隅々まで、澄み渡った力が染み込んでいく感覚……。ただのスープとは思えないわ」



「ええと……特別なことはしていないんです。皆さんが用意してくれた最高の食材を、丁寧に合わせていっただけで……」


 ネアが戸惑いながら答えると、きーが「もぐもぐ」と音を立てんばかりの勢いでスープを口に運んでいた。彼女は一口食べるごとに、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せる。



「おいしい……! "おいしい"って、こういうことなんだ! ネア、これ、すっごくおいしいよ! からだがポカポカして、げんきいっぱいになるの! きー、このスープだいすき!」



 きーは小さな口を一生懸命に動かし、あっという間に自分の皿を空にしてしまった。そして、キラキラとした瞳でネアを見上げる。


「ネア、おかわり……ある? もっとたべたい!」


「ふふ、もちろんです。たくさん作りましたから。はい、どうぞ」


 ネアが微笑んで大鍋から二杯目をよそうと、きーは「わあ!」と両手を上げて喜んだ。


「あらあら。(きー)ばかり、ずるいわね。私もおかわりいただけるかしら」


 レフィーナがおかわりを所望(しょもう)すると、精霊たちも「俺も!」「わたしも」とネアに催促(さいそく)する。


 そんな賑やかな光景を眺めながら、ネアは胸の奥がじんわりと熱くなるのを、静かに噛み締めていた。

 天界の上級貴族の屋敷で働かされていた頃、使用人仲間たちはネアの料理をこっそり褒めてくれた。けれど、そこに座る「主」たちがネアに感謝の言葉をかけることなど、ただの一度もなかったのだ。


 彼らにとってネアは、あって当たり前の、替えのきく便利な道具に過ぎなかったから。


 けれど、ここでは違う。


 この世を司る女神も、精霊たちも、一人の生ける者としてネアに向き合い、真っ直ぐに「美味しい」と「ありがとう」を伝えてくれる。その言葉の一つ一つが、ネアの心に深く残っていた、奴隷としての日々の痛みを和らげる、温かいものだった。


「……ネア? どうしたの、そんなにぼうっとして」


 レフィーナが心配そうに覗き込んでくる。ネアは慌てて首を振った。



「いえ……なんでもありません。ただ、皆さんにそんなに喜んでもらえるなんて思っていなかったので。……僕、ここに置いていただけて……本当によかったです」



 ネアは溢れそうになる涙をぐっと堪え、はにかむように笑った。

 ただ、こうしてみんなの力を借りて、温かな食事を囲む。その時間が何よりの宝物のように思えた。



「何を言っているの。ネアが来てくれて、一番喜んでいるのは私よ」



 レフィーナが優しく微笑み、再びスープを口にする。


「美味しいものを食べると、こんなに心が豊かになるのね。これからの食事も、楽しみにしていいかしら?」



「はい! もちろん、精一杯頑張ります!」



 ネアの元気な返事に、食卓はさらに明るい笑い声に包まれた。


 ネアの初めての"お仕事"は、聖域に温かな火を灯したのだった。





お読みいただきありがとうございました!

感想を全然もらったことがないのでとっても待ってます!是非!

「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下にある【☆☆☆☆☆】をタップして評価していただけると嬉しいです!

ブックマーク登録もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ