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天魔の落とし子と追放女神 ~命の恩人と始めた2人きりの居場所は、やがて世界を照らす最強の聖域となる~  作者: スージー・ウエストウッド
第1章 天魔の落とし子と追放女神

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10話 少年のわがまま

天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。


この世界の地上のお話と、わがままな少年のお話。

 しかしネアからすると切実な質問だ。なにせ、かつて短期間だけ通っていた天界の学び舎では、『地上は()むべき果て』と教え込まれていたからだ。


 すると緑の少年はお腹を抱えて快活に笑い飛ばした。


「あはははは! 恐ろしいだって? まさか! 確かに人間には欲深い奴もいるだろうけどさ。あそこの村長も、村のみんなも気のいい連中ばかりだぜ」


「でも、天界の学校では、『地上は恐ろしい魔物ばかりが徘徊(はいかい)する、神から見放された土地だ』と教育を受けました……」


 その言葉を聞いて精霊たちは顔を見合わせた。

 戸惑うネアの隣で、レフィーナが慈愛に満ちた溜息をつき、彼の白銀の髪を優しく撫でる。


「あらあら……天界の教育というのは、相変わらず極端なのね。あなた、そんな風に教えられていたの?」


「は、はい。地上は瘴気(しょうき)が渦巻いていて、忌むべき場所だと……」


 ネアが真剣な顔で答えると、レフィーナはゆったりと首を横に振った。


「それは、天界の人たちが自分たちの優位性を示すための、少し意地悪な言い分だわ。……確かにここには瘴気を受けすぎて強大な力を持った魔物もいるし、(みどり)が言うように人間全員が()い人ではないわ。けれど、ルズの村の皆さんのように、懸命に、そして温かく生きる人たちの営みがちゃんと存在しているのよ。それは、三百年経っても変わらない」


 レフィーナは窓の外に広がる、どこまでも深い緑の海へと視線を向けた。



「地上は恐ろしいだけの場所ではないわ。でも、春には花が咲き、秋には実りがある。人々は手を取り合って、笑ったり泣いたりしながら、限られた命を輝かせているの」



「……っ」



 レフィーナの言葉に、黄金色の髪の少女が唇を小さく震わせ、何かを言いかけようとして俯いた。

 ネアの視界の端に、その少女の切なげな表情が映る。


(……え? きーさん、今……)


 思わず声をかけようとしたネアだったが、レフィーナの重ねられた言葉と、自分自身の強張っていた緊張がふっと抜けた安堵感に、その疑問を飲み込んでしまった。



「……はい。レフィーナさんがそう仰るなら、信じられます」



 恐ろしい場所だと思い込んでいた世界が、レフィーナの言葉一つで、未知の輝きを帯びたように感じられた。


 ネアは、麻袋の中に手を入れると、緑がルズの村から調達した野菜を手に取った。それは丸みを帯び、赤々とした色味を(たずさ)えたトマトだった。


「緑さん、もしよろしければこの食材で朝ごはんを作ってもいいでしょうか?」


「もちろん! そのために持ってきたんだ。好きに使ってくれよ!」


 緑の快活な返事に、ネアはパァッと顔を輝かせた。

 ずっしりと重みのあるトマトの感触。それは天界の整いすぎた無機質な食材とは違う、大地の力強い生命力に溢れている。



「ありがとうございます! それじゃあ、レフィーナさんの分と……精霊の皆さんの分も作らせてください!」



 ネアの真っ直ぐな提案に、リビングの空気が一瞬、水を打ったように静まり返った。最初に口を開いたのは、燕尾服(えんびふく)端正(たんせい)に着こなした赤だった。


「……お気持ちは大変嬉しいのですが。我ら精霊には食事という概念がありません。我らが口にしても主様の労力の無駄になってしまいます。どうか、ご自身の分とレフィーナ様の分だけに注力なさってください」


 青もまた、涼しげな瞳を瞬かせて静かに首を横に振る。


「ええ。私たちは神気(しんき)さえあれば不自由しません。味覚も疎い私たちに、貴重な食糧を割く必要はないわ」


 効率と(ことわり)を重んじる精霊たちらしい、もっともな言い分だった。

 しかし、ネアの決意は揺るがない。彼はトマトを大事そうに抱えたまま、少しだけいたずらっぽく笑った。



「いいえ、作らせてください。これは、僕の"わがまま"なんです」



「わがまま?」


 不思議そうに小首を傾げる黄金色の髪の少女。ネアは少女にふわりと笑みを向けると、精霊たちに向き直り、言葉を続ける。



「皆さんはレフィーナさんの大切な眷属(けんぞく)……いや、"家族"ですよね。そして、僕もここに居てもいいって言っていただきました。だから……これから一緒に過ごす"仲間"として、同じものを食べて『美味しいね』って笑い合いたいんです。味がわからなくてもいいんです。僕の感謝が伝わるような、そんな料理を作りますから!」



「ネア……」


 そのひたむきな熱意に、精霊たちは顔を見合わせた。

 主であるレフィーナに尽くすことだけが自分たちの存在意義だと思っていた彼らにとって、自分たちのために『作りたい』と願うネアの純粋な好意は、未知の衝撃だった。


「ふふっ。(あか)(あお)(みどり)()。ネアのわがまま、聞いてあげてくれないかしら? 私も、あの子の作るお料理をみんなで囲めるのなら、それが一番嬉しいわ」


 レフィーナの優しい後押しに、四人の精霊たちは頷いた。


「……(あるじ)様がそう仰るのなら。ネア、あなたの『わがまま』、(つつし)んで拝領(はいりょう)しましょう」


「そうね。主様のお気持ちはありがたく受け取りましょう」


「俺、ネアの作る料理ってやつ興味あるぞ!」


「きーも。ネアがつくったの、たべてみたい」


 四精霊の言葉に、ネアは「はいっ!」と元気よく返事をした。


 敬愛する女神様から与えられた、大切な"お仕事"。

 ネアは麻袋を抱え直し、目を輝かせながら厨房へと足を踏み入れた。

 その小さな背中には、これから始まる新しい生活への希望と、自分を認めてくれた居場所への深い感謝が満ち溢れている。



(精一杯、心を込めて作ろう。僕を仲間だと言ってくれたみんなに……少しでも「美味しい」って思ってもらえるように)



 このとき、厨房に向かうネアはまだ知らなかった。



 すでに天魔(てんま)を超えた能力に目覚めていたことに――。



お読みいただきありがとうございました!

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