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いきなりの契約結婚は運命の恋でした  作者: あいら


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9

王宮騎士団第二隊の詰所は、朝から慌ただしく活気に満ちていた。

本来ならクラウスは部下へ指示を出し、隊長らしい厳しくも的確な指揮を取っているはずだった。


だが今日の彼は、どこか様子がおかしかった。


普段なら微動だにしない背筋がわずかに揺れ、

歩くたびに肩の力が抜けていく。


「隊長、大丈夫ですか?」

部下が声をかけるが、クラウスは短く首を振るだけだった。


「問題ない。持ち場に戻れ」


声は普段通り冷静なのに、わずかにかすれている。

それに気づいた部下たちは心配そうな目を向けたが、

“氷の騎士”の表情は、それ以上何も言うなと伝えていた。


しかし、本当に問題がないわけがなかった。





その日の夕方。

キャシーは工房での仕事を終え、新居へ戻っても、部屋は暗いままだった。


(クラウス、今日は遅いな……)


普段なら連絡はなくても、帰りが遅い日は大体決まっている。

けれど今日は空気が違った。


(なんか……胸騒ぎがする)


ふと、昼頃のメッセージを思い出す。


――今日は詰所の仕事が立て込んでいる。少し遅くなる。


文面はいつも通りだったが、妙にそっけない気がした。


(……迎えに行こう)


キャシーは外套を羽織り、王宮へ向かった。





「すみません、第二隊の……クラウス隊長は今日は――」


「キャシーさんっ!? よかった……!」


詰所の兵士が血相を変えて近づいてきて、

キャシーは逆に驚く。


「ど、どうしたんですか?」


「隊長、朝から様子がおかしくて! 無理に仕事を続けてるんです!」


「無理に……?」


「ええ。昼過ぎから熱があるようで……立っているのがやっとで……」


(やっぱり……!)


キャシーは迷うことなく詰所の奥へと駆け込んだ。





そこにいたクラウスは――

いつもとまるで違う姿だった。


机にもたれ、額に手を当て、

普段なら見せないほど苦しげな表情。


「クラウスさん!」


キャシーが駆け寄ると、

ゆっくりと顔を上げたクラウスは、驚いたように目を細めた。


「……キャシー? なぜここに」


声が弱く、かすれている。

顔色は悪く、汗がにじんでいた。


「そんなの……迎えに来るに決まってるじゃないですか!」


「いや……大丈夫だ。あと少しで……」


「少しじゃありません!」


キャシーは彼の腕を掴んだ。

その腕は驚くほど熱かった。


「熱、かなりありますよ……!」


「平気だ」


「平気じゃありません! 立ててないじゃないですか!」


部下たちも不安げに見ているが、誰も隊長を止められない。


クラウスは気丈に椅子を立とうとしたが――

足元がふらりと揺れ、前のめりに倒れそうになる。


「クラウスさんっ!!」


キャシーが慌てて支え、

部下たちが慌てて駆け寄った。





抵抗するクラウスを、キャシーは一切容赦なく押し出した。


「医務室に行きます。歩けますか?」


「い、いや……そこまで……」


「クラウスさん」


にっこりと笑ったキャシーの目は、全然笑っていない。


「行きますよ」


「……はい」


氷の騎士が、完敗した瞬間だった。





医師に診られた結果、クラウスは明らかな発熱と過労。

薬を飲み、半ば強制的にベッドに横たえられた。


「隊長、明日明後日は休んでください」

「残業も禁止だ。部下にも伝えておく」


部下たちが次々に宣言し、クラウスは苦い顔をする。


「……情けないな」


「そんなことありません」


キャシーは椅子に座り、彼の額に手を置いた。


「いつも無理してるんですから。倒れて当然です。

 それに……倒れるの、初めてじゃないでしょう?」


クラウスは視線をそらし、小さくため息をついた。


「君には……隠せないな」


「隠せません」


キャシーは微笑む。


「ほら、ちゃんと寝てください」


「……そばにいてくれるのか?」


その問いに、キャシーは一瞬だけ言葉を失ったが、やさしく頷いた。


「もちろん。帰りませんよ。

 クラウスさんが寝るまで、ちゃんと見てますから」


クラウスの頬にわずかに赤みがさす。


「……ありがとう、キャシー」


照れたように呟く声が静かな医務室に落ちていく。


キャシーは薬を飲ませ、水を渡し、毛布を整えた。


“お世話をする”なんて、今まで距離があったはずなのに。


それが今、自然にできてしまう。


手と手が触れるたび、

キャシーの胸はどきりと鳴った。


(……こんなに近いのって、初めてかも)


クラウスもまた、穏やかな目でキャシーを見ている。


(君がいてくれると……安心する)


声にならない想いが、部屋に満ちる。





クラウスの呼吸がゆっくりと落ち着き、

まぶたがゆっくりと閉じられる。


「……キャシー」


眠りに落ちる直前、彼が呟いた。


「……いつも……助けられてばかりだな……」


キャシーは小さく微笑んで、彼の手をそっと握る。


「そんなこと……ありませんよ」


「……そうか……」


そのまま、クラウスは静かに眠りについた。


キャシーはその寝顔をしばらく見つめた。

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