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いきなりの契約結婚は運命の恋でした  作者: あいら


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7

キャシーの実家、ガードナー子爵家へ行く――。

その予定が立ったのは、ふとした朝の会話からだった。


「そろそろ、挨拶に行ったほうがいいのかなと思って」

キャシーが朝食のパンをちぎりながら言う。


クラウスはスープをすくう手を止めた。

「……ご家族は、本当に気にされているのか?」


「そりゃあ、急に結婚したわけだし。しかも、ほとんど書類だけで決めた結婚だもの。お父さまは……多分、気絶しないよう気をつけてるはず」


「気絶……?」


「田舎の子爵家だし、結構大事なのよね」


気絶する父親がどれだけ大袈裟なのか、クラウスには想像できない。

とはいえ、結婚に際しての挨拶を避ける気はなかった。


「分かった。仕事の休暇を取る。日帰りで行ける距離か?」


「もちろん。馬車で三時間くらい。景色が良くて、のどかで……ちょっと驚くかも」


キャシーの言い方に、クラウスはわずかに眉を寄せる。

驚くとはなんだろう。治安の悪い地域なのか、それとも独特の風習でもあるのか。

しかし――その予想はすぐに裏切られた。


ガードナー領に近づくにつれ、街道沿いの風景は見事に変わった。

高い建物はなく、広大な草原が広がり、遠くには穏やかな丘陵。

羊の群れ、風車、白い柵。


そして何より――


「……牛が多くないか?」


クラウスがつぶやくと、隣のキャシーが笑った。


「うち、酪農で有名なの。だから牛はまだ序の口よ。屋敷の近くはもっといるわ」


「もっと……?」


王都で見る牛はせいぜい市場で数頭。

しかしここでは、ひたすら牛、牛、牛。

深い黒色の毛並みの牛、まだら模様の牛、のんびり草を食む牛。

何百頭いるのか想像もつかない。


「酪農って、ここまで大規模なのか……」


「田舎子爵家だからこそよ。土地だけは広くてね。代々、酪農の名家なのよ」


キャシーが誇らしげに胸を張る。

クラウスは一瞬、その姿に目を奪われた。

王都では見ない、自然の中で育った少女特有の輝き。

その無邪気な笑顔を見ると、胸の奥が静かに温まる。


(……育った環境が目に浮かぶな)


そして馬車はガードナー子爵家の前に止まった。


屋敷は大きくも小さくもない。

白い壁に茶色の屋根、手入れされた庭には季節の花が咲いている。

そこに、快活な笑顔の男が両手を広げて立っていた。


「キャシー! よく帰ったな!」


「お父さま!」


キャシーが軽く駆け寄る。

その後ろで、父親――ガードナー子爵はクラウスを見て固まった。


「……あ、あの、そちらが、キャシーの……?」


クラウスは丁寧に頭を下げた。

「クラウス・セラフィスと申します。キャシーさんとは、家同士の事情があり、急ぎ婚姻した形ではありますが……今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


「……!」


ガードナー子爵の顔が一瞬、青くなり――


「きょっ……」


「お父さま、深呼吸! ほら、前言ったでしょ、落ち着いてって!」


キャシーが父親の背中を叩く。

子爵は息を吸い込み、胸を押さえながら何とか踏みとどまった。


「す、すまない……まさか、こんな立派な青年だとは思わなくてな……!」


(立派……?)


クラウスは一瞬だけ苦笑した。


「どうぞ、どうぞ。遠慮なく入ってくれ」


館の中は家庭的で温もりがあふれていた。

壁には家族写真、暖炉、木の香り。

王都の貴族屋敷とは対照的な、どこか懐かしい空気だ。


そして――家の奥から香ばしい匂いが漂ってきた。


「……これは?」


「うち自慢のチーズよ。絶品だから楽しみにしてて!」


キャシーが胸を張る。

やがてテーブルには、焼きたてのチーズとパン、牛乳、サラダ、そしてチーズを使ったスープが並んだ。


クラウスは一口食べて、目を見開いた。


「……これは、すごいな」


「でしょ!」


普通のチーズよりも濃厚で、香りが深い。

コクの中にほのかな甘みがあって、食べた瞬間に心がほぐれるようだった。


「王都のどの店よりも……いや、比べられないほど美味い」


その率直な感想に、ガードナー子爵は目を丸くした。


「そ、そうか!? いやぁ……そんなに褒められると照れるな……!」


食卓は和やかに進み、笑い声が絶えない。

キャシーは子供のころの話をされて頬を赤くし、クラウスは時折それに驚きながらも楽しそうに聞いていた。


ガードナー家の温かさは、クラウスにとってどこか眩しかった。


(……家族と疎遠、か)


そうキャシーに言ってきたが、胸の奥に刺さる痛みはごまかせない。

本当に疎遠ではない。

むしろ――クラウスの家族は、王都有数の名家。

その重圧から逃げているだけなのだ。


キャシーは気づいていない。

だが、ふとした瞬間――彼女がクラウスの横顔を見る目が少しだけ鋭くなることがあった。


(クラウスって……家族の話をすると、少し目をそらす?)


キャシーの胸の奥で、小さな疑念が生まれる。


それはまだ、言葉にできないほどの小さな違和感。

けれど――確かに芽吹いた“何か”だった。


帰りの馬車の中、キャシーが柔らかな声で言った。


「クラウス、今日はありがとう」


「こちらこそ。……良い家だった」


「へへ、でしょ。田舎だけど、私は好きなの」


クラウスは窓の外の景色をゆっくり見ながらつぶやいた。


「ああ……ああいう家族も、悪くない」


その言葉には、確かに温かさがにじんでいた。


キャシーはその横顔を見つめ、ふと胸が温かくなる。


(……この人、やっぱり優しいな)


しかし同時に、ふと刺さる。


(でも……なにか隠してる。たぶん、家族のこと)


問いただすのは今ではない。

けれど――確かに心に残った。

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