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朝の光が工房の窓から差し込み、魔石の山を淡く照らす。
新居から歩いて七分。キャシーの工房は、表通りにある小さな建物だ。
派手さはないが、木の香りのする落ち着いた空間。
店前には手描きの看板が立ち、こう書かれている。
「付与工房 防御と魔力アップの魔法の付与承ります」
外観はシンプルでも、扉を開けた瞬間にわかる。
――ここは“プロの仕事場”だ。
キャシーは朝一番の空気を吸い込み、白い作業服に袖を通した。
髪を後ろでまとめ、机の上の魔石をひとつひとつ確認していく。
「……今日も、いい子たちね」
まるで宝石を扱う宝飾師のような手つきで、魔石を手のひらに載せ、光にかざす。
魔石はただの鉱石ではない。
魔力を宿し、扱う者の力量によって、生活を支える道具にも、強力な武器にもなる。
この国ではほとんどの国民が1つ、多い人で3つぐらい魔法が使える、
付与師はその魔法を魔石に込める事ができる人を指す。
魔石に魔法を込める事により、その魔法を使えない人でも、
魔石を使う事により魔法の効果を得れる事ができるだ。
キャシーは珍しい、防御と魔力アップの魔法が使え、
更に付与師としての才能もあったので、この仕事に就いている。
能力を抑え、あまり精度のない魔石に魔法を込めているが、
それでも需要は多く、依頼には困らない。
本当はもう1つ魔法が使える可能性がある、
以前萎れた花に『元気になって』と魔力を込めたら、本当に花が回復したのだ。
しかし、回復魔法の使い手は30年に1人現れるかと言われる、かなり貴重な魔法。
普通の魔法でさえ押さえているキャシーにとっては、
誰にも言えない絶対の秘密だ。
(付与師は、魔石の“声”を聴く仕事)
(無理やり魔法を押し込めば壊れる。込める魔法量を間違えると不安定になる)
キャシーは、魔石ひとつひとつの性質を丁寧に見極める。
それは熟練の付与師でも難しいと言われる、繊細な作業。
静かな工房に、柔らかい魔法陣の光が広がる。
両手を魔石に添え、集中すると――
魔石の内側に眠る魔力の流れが、キャシーには“見える”ように感じられた。
「防御強化ね」
魔力の糸を丁寧に調整し、魔法陣に乗せていく。
石の奥へ染み込むような光。
失敗すれば魔石が割れ、損失を出してしまう。
だがキャシーの指先は迷いがなかった。
魔石が、彼女の技術を歓迎しているかのように微かに光る。
――パリン、と小さく鳴る音。
それは破壊ではなく、“付与成功”の印だ。
「よし。今回の出来も完璧」
自分でそう言い切れるほどの腕前。
しかしキャシーは、その技術を派手には見せない。
(実力を知られすぎると、面倒な縁談や依頼が殺到するのよね……)
あくまで「普通に優秀な付与師」という程度にとどめている。
だが――実際は王都でも三指に入るほどの実力があるのは、ごく一部の者しか知らない。
午前十時を過ぎると、工房のベルが軽やかに鳴った。
「すみませ〜ん、開いてます?」
「はい、どうぞ!」
入ってきたのは、パン屋の奥さん。
いつも明るく、手に持った袋からは焼きたてのパンの匂いがした。
「こないだお願いした“魔力アップの魔石”また作って欲しいの、パン窯の火の調整に使いたくて〜。今日は追加で3つお願いしたくて!」
「3つですね」
「ええ、お願い!」
パン屋の奥さんは、焼き立ての丸パンを差し出す。
「これ、お礼に持っていって。キャシーちゃん細いんだから、食べなさい」
「そんな……ありがとうございます!」
こういうやり取りが、キャシーは大好きだった。
魔石の付与が誰かの日常を支えている――その実感が嬉しい。
次の依頼人は、腰の曲がったおばあさん。
「悪いねぇ、キャシーちゃん。孫の誕生日に、防御の魔石を贈りたくてねぇ」
「お孫さんに? じゃあ、しっかり身を守れるようなのを作りますね」
「頼りにしてるよぉ。あんたの作る魔石は安心だからね」
その後も、
冒険者が防御強化の魔石を買いに来たりと工房はひっそりと忙しい。
(……こんなふうに、生活の一部に魔法がある世界って、やっぱり好きだな)
キャシーの心は、穏やかに満たされていく。
昼過ぎ。
静けさが戻った頃、ふいにドアが開いた。
「キャシー、いるか?」
「クラウスさん?」
仕事が終わるにはまだ早い時間なのに、クラウスが姿を見せた。
「近くまで来たから寄った。……差し入れだ」
そう言って、紙袋を差し出してくる。
中には――エールと、肉の燻製。
「わ、わざわざ? こんな昼間に?」
「訓練の合間だ。……それに、君の仕事場を見てみたかった」
キャシーが驚くと、クラウスは少し視線を逸らした。
「……思ったより、いい匂いのする場所だな」
「魔石の匂い、ですか?」
「それもあるが……君らしい、落ち着いた空気がある」
その言い方があまりに自然で、キャシーは胸に小さな熱を抱く。
(……なんか、ちょっと照れるなぁ)
「良かったら、作業を見てもいいか?」
「えっ、見たいんですか?」
「君の仕事を見たことがなかったからな」
クラウスは周囲を邪魔しない位置に立ち、作業台をじっと見つめている。
キャシーは深呼吸し、蒼い魔石を手のひらに置いた。
(……クラウスさんの前で、こんなふうに魔法を使うのは初めてかも)
集中すると、魔力が指先に集まり、淡い光が広がる。
魔法陣、魔力の糸の調整、魔石の反応――
一連の動作は美しく、迷いがない。
クラウスは息を呑んだ。
「……すごいな」
「え?」
「俺が見てもわかる。これは相当な技術だ」
「そ、そんなこと……」
「謙遜するな。……君が“実力を隠してる”って言ってた意味が、少しわかった気がする」
言われて、キャシーははっとした。
(……そうだ。クラウスさんには話してたんだっけ……)
自分が望まない縁談を避けてきたこと。
実力を知られないようにしてきたこと。
だけど、クラウスは続けた。
「ここは……君の世界なんだな」
「…………」
「なんだか、安心した。
君がこうして、しっかりと自分の仕事をしている姿を見ると……悪くない」
その言葉が、やけに胸を温めた。
夕暮れ。工房を閉めて家に帰る道、キャシーは思わず口元が緩む。
(今日、クラウスさんが来てくれたの……なんか嬉しかったな)
家に帰れば、きっと穏やかに食卓を囲める。
仕事場では集中し、家では安心できる。
そのどちらにも、クラウスが自然と溶け込んでいる気がした。
(……なんだか本当に、“生活”してるみたい)
契約の夫婦なのに、
恋ではないのに、
どうしてこんなに居心地がいいのだろう。
そろそろ、その理由に気づくべきなのかもしれない――。




