表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いきなりの契約結婚は運命の恋でした  作者: あいら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

4

白い結婚の契約書がほぼ完成し、婚姻届も提出した。


ふたりは具体的な準備へと動き始めていた。その最初のステップが――新居探しだ。


 キャシーは仕事場兼自宅をそのまま残す予定で、クラウスも寮を引き払い、二人で新しい家を借りて「外向けの夫婦生活」を演出することにした。


「予算は……七万ルークくらいを想定してます」


 キャシーが小さなノートをめくりながら言うと、隣を歩くクラウスがきょとんとした。


「……七万? 本気か?」


「え? 高かったですか?」


「いや……逆だ。安すぎる」


 キャシーの足がぴたりと止まる。


「え、ええ〜!? だって七万ルークですよ!? この王都で七万なら、十分綺麗な物件が……!」


「無理だ」


 即答だった。


「王都の中心で安全性の高い物件を探すなら、最低でも十万ルークからだ。ましてや二人で住むとなると、広さも必要だろう。七万は部屋が狭すぎる」


「うっ……それは……」


 確かに、以前働いていた付与店の店主も言っていた。

 “王都の家賃は高い。安全性を買うと思え”と。


 だが、キャシーは元が田舎育ちで節約家だ。七万は高い方だとすら思っていた。


「じゃ、じゃあ……クラウスさんの希望は?」


「――十二万だ」


「じゅっ……じゅうに!?」


 キャシーが本気でのけぞった。


「十二万って……王都でもかなり良いところですよ!?」


「そりゃあそうだ。寝室が分けられる広さが必要だろう?」


「え、えぇ……まぁ、確かに……」


 白い結婚――すなわち「夫婦だけど恋愛関係には干渉しない」契約。


 そこはキャシーも理解していた。


「それに、来客用のスペースも欲しい。王宮関係の人間が立ち寄ったとき、あまりに狭いと不自然に思われる」


「うっ……」


 クラウスの言うことはもっともだ。


「十二万は家賃としては高いが、俺が払う。君に負担はかけない。……だから、安全で広い家に住もう」


「…………」


 キャシーは口を引き結んだ。


 クラウスの提案は正論だ。

 正論なのだが――


(私、贅沢な暮らしに慣れてないのよね……)


 七万と十二万の差は、キャシーにとっては“広さ”ではなく“生活レベル”の差だった。


 それでも、迷っているとクラウスが優しい声で言った。


「無理をしなくていい。嫌なら別の案を考える」


「……いえ。クラウスさんの言う通りにしましょう」


 ややぎこちなく笑うキャシー。

 そして新居探しは、クラウスの提案を軸に進むことになった。





 王都の大通りから少し入った、静かな高級住宅街。


 クラウスが紹介した物件は――広い。


「わぁ……! リビング広っ!」


「寝室も二つある。収納も大きいし、玄関も安全だ。魔術警報も最新式だぞ」


 クラウスは淡々と説明するが、キャシーは圧倒されっぱなしだった。


(……十二万って、こんな世界なのね)


「キッチンも広いぞ。キャシーは料理をするんだろう? 動線が良い方がいいだろうと思って」


「えっ……クラウスさん、料理するんですか?」


「時々な。まぁ、君の方が得意だろうが」


(……なんか、自然に“二人の生活”を考えてる……)


 少しだけ胸がくすぐったくなった。


 家の雰囲気は申し分ない。

 しかしキャシーが一番感動したのは――


「お風呂が大きい……!」


「そこか?」


「大事ですよ!? 疲れたときにゆっくり浸かれるお風呂は贅沢です!」


 クラウスが少し笑った。


「君って本当にしっかりしてるのに、変なところで子どもみたいに目を輝かせるな」


「なっ……子どもじゃありません!」


 そのやり取りに、不思議な温かさが生まれる。






 物件がほぼ決まり、次は家具と内装選びだ。


「まずはカーテンだな。寝室もリビングも必要だ」


「私はピンクがいいです。落ち着く色だし、優しい雰囲気になります」


「俺は青だな。寝室は落ち着く色の方がいい」


「ピンクも落ち着きます!」


「青の方が落ち着く」


「ピンクです!」


「青だ」


「む〜っ!」


 まさかカーテンでこんなに白熱するとは、店員も驚きだった。


「お客様……カーテンでしたら、ベージュも人気ですよ?」


「「ベージュ……?」」


 ふたりが同時に振り向き、それから同時に言った。


「「まあ、ベージュでもいいか……」」


 店員がほっと安堵したような顔をした。


「価値観をすり合わせるとは、こういうことだろう?」


 クラウスが微笑む。

 その笑みが、胸にぽっと温かい灯をともす。


(……この人となら、案外うまくやっていけるのかも)






「最後に生活費の話だ」


「はい」


「家賃は俺が負担する。君は食費を頼みたい」


「わかりました。食費なら私がやります。節約もできますし」


「ありがたい。料理も任せるが……俺もできる時は手伝う」


「えっ、手伝ってくれるんですか?」


「当たり前だろう。共に暮らすんだ。全部を君に押しつけるつもりはない」


(……やっぱりこの人、誠実だ)


 キャシーは自然と微笑んでいた。






 家賃十二万の広い物件。

 ベージュのカーテン。

 家賃はクラウス、食費はキャシー。


 契約上の夫婦としての生活が、着実に形を帯びていく。


 ふたりは玄関の前で立ち止まり、軽くうなずき合う。


「これで……準備は整ったな」


「はい。これから、よろしくお願いします……クラウスさん」


「こちらこそ。キャシー」


 小さく交わされた笑顔は、まだ恋ではない。

 けれど、優しい相性のようなものが確かに芽生え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ