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――話があるのだが
その真剣な雰囲気に、キャシーの胸の鼓動は加速する。
「キャシー。君に……相談がある」
「相談、ですか?」
「ああ。……結婚の、相談だ」
「けっ……!? こ、こ、婚!?」
机の上のペンが転がり落ちた。
「ち、違う! ちがうんだ、そういう意味じゃない!」
クラウスが慌てて手を振るのは珍しい光景だった。
「その……俺は、実家から“縁談を受けろ”と言われていてな。断り続けているが、そろそろ限界が来ている」
「縁談……クラウスさんにもそんな事情が?」
「王宮騎士団の隊長という立場だと、どうしても政略の話が来る。“跡取りを確保しろ”とまで言われるが、俺は……正直、興味がない」
冷静沈着で知られる“氷の騎士”が見せる、少し苦い表情。
「だが、断り続ければ実家の圧は強くなる。俺は、静かに仕事をしていたい。誰かと政治の道具になる気はない」
「……わかります」
キャシーもまた、しっかりとうなずいた。
「私も同じです。付与師は……縁談の対象として人気ですから。お金にも困らないし、魔石も扱えるし、商人や貴族に狙われやすい」
「やはり、か」
「田舎の父からも“そろそろ結婚を考えろ”って手紙が来ます。強引な見合い話も増えてて……できれば仕事に専念したいんです」
ふっと沈黙が落ちた。
だが、その静けさは不快ではなく、お互いに心の奥を打ち明けた後のような、柔らかい空気だった。
「お互いの身分が子爵なので身分的に違和感もない、そこでだ、キャシー」
クラウスは姿勢を正し、少し照れくさそうに続けた。
「……“白い結婚”、という形はどうだ?」
キャシーの心臓が止まりそうになる。
「し、白いって……え、ええと……?」
「互いに干渉せず、恋愛関係も持たず、ただ外から見れば“結婚している”という形だけを作る。お互いの自由を守るための契約結婚だ」
「け、契約……結婚……」
クラウスは真剣そのものだ。
「もちろん、君が嫌なら断ってくれて構わない。ただ……このままだと俺は強制的に縁談を押し付けられる。君も同じだろう?」
「…………」
「それに、君の仕事を守りたい。付与師は簡単に手放せる技術じゃない。誰かに奪われるくらいなら……俺が盾になる」
その言葉に、キャシーの胸が温かくなる。
「クラウスさん……そんな……」
「もちろん、君に不利益は与えない。……契約書を作り、互いの自由を尊重する」
そして、少し声を落とす。
「ただ……君が信じてくれるなら、の話だ」
キャシーは黙った。
確かに、望まない縁談を避けられる。
付与師としての強引な勧誘も、結婚しているという事実があれば大幅に減る。
そして何より――
(……クラウスさんとなら)
まるで自分でも気づかないうちに、心が傾いていた。
彼の誠実さ、優しさ、そして今日だけでも彼がどれほど頼りになるかを見せつけられた。
やがてキャシーは、静かに息を吸った。
「……少し考えたい、という気持ちがあったのですが」
「? 無理はしなくて――」
「でも、クラウスさんが提案してくれるなら……私も賛成です」
「……!」
クラウスの目が、驚いたように大きく開かれた。
「ほ、本当に? 俺と、契約を?」
「はい。お互いの仕事と自由を守るためなら……協力できます」
「……ありがとう、キャシー」
ふ、とクラウスが微笑んだ。
その表情は、氷の騎士と呼ばれる彼からは想像できないほど柔らかくて――
思わずキャシーの心臓は跳ねてしまう。
「それじゃあ、契約書の草案を作ろう。条件のすり合わせも必要だな」
「はいっ。私も手伝います!」
二人は向かい合って座り、紙とペンを並べる。
四角い机の上で、二人の影がゆっくりと近づき、混ざり合っていった。




