20
王都にある大聖堂は、朝の光を浴びて宝石のように輝いていた。
白い大理石の階段。
高い尖塔をのぼる陽光。
城下から集まった風が、祝福するように花びらを舞い上げ――
その中心に、キャシーとクラウスがいた。
今日、この日。
“契約結婚”として始まった二人は――
ついに、本当の夫婦になる。
「キャシー、緊張してる?」
クラウスが隣からそっと声をかける。
ドレスに身を包んだキャシーは、小さく深呼吸した。
「……してるよ。だって……こんなに大勢いるんだもん……!」
階段の下には、王宮関係者、公爵家の親族、ガードナー家の家族、騎士団、友人たち……
見たこともないほどの祝福が溢れている。
クラウスは、凛々しいタキシード姿で微笑んだ。
「大丈夫。ずっと隣にいる」
「……ありがとう」
その言葉だけで、胸の奥に温かさが広がる。
やがてオルガンの音が鳴り、扉がゆっくりと開いた。
「あ……」
キャシーは思わず息を飲んだ。
天井まで届く巨大なステンドグラス。
虹色の光が床に降り注ぎ、まるで幻想の世界に足を踏み入れたようだった。
「綺麗……」
「君の方が綺麗だよ」
「も、もう……!」
クラウスがさらりと言うので、キャシーは耳まで赤くなる。
いまだに慣れないのだ。彼のこういう真っ直ぐな言葉には。
二人は並んでゆっくりとバージンロードを歩き始めた。
王宮騎士団が見守り、公爵家の家臣たちが深々と頭を下げ、
友人たちが手を振り、ガードナー家の家族が涙を浮かべている。
「キャシー、頑張れー!」
マーサが両手を振って叫ぶ声が響き、キャシーは思わず吹き出した。
(……みんな……本当に来てくれたんだ)
胸が熱くなっていく。
二人が祭壇の前に立つと、神官が厳かに宣言した。
「クラウス・セラフィス公爵。
あなたはキャシー・セラフィス殿を妻として、生涯、守り、ともに歩むことを誓いますか?」
「誓う。彼女の笑顔を守り続け、彼女が望む未来を共に築くとここに誓う」
大聖堂に彼の声が響き、ざわりと空気が揺れる。
「キャシー・セラフィス殿。
あなたはクラウス・セラフィス公爵を夫として、生涯、支え合い、ともに歩むことを誓いますか?」
キャシーはクラウスを見つめる。
その瞳には、あの日――契約書に誓いを記したときと同じまっすぐさがあった。
「……誓います」
声が震えたが、しっかりと言えた。
騎士たちが感極まったように鼻をすすり、
友人たちが感動して肩を抱き合い、
ガードナー子爵がポケットから布を取り出して号泣していた。
クラウスは小箱を開け、銀の指輪を取り出した。
中央に嵌められたのは、小さな魔石。
キャシーの防御魔法が付与されている。
「キャシー。この石は……俺を支えてくれた君そのものだ。受け取ってほしい」
彼はキャシーの手を取り、優しく指輪をはめる。
「……ありがとう。大切にするよ」
キャシーも、クラウスの指にはめ返す。
その瞬間――
二人の魔力がふわりと混じり合った。
淡く金色に輝く光が弧を描き、大聖堂全体を包み込む。
「おお……聖女の……!」
「なんて透明な魔力……」
参列者たちが息を呑む中、光はゆっくりと消えた。
誰もが悟った。
これは契約じゃない。
本心から選んだ絆なのだと。
「では……誓いの証として、口づけを」
神官が声を落とした瞬間、キャシーの心臓は跳ねた。
クラウスがそっと近づく。
(ち、近い……!)
「キャシー」
「……な、なに?」
「愛してる」
「っ……!」
ゆっくりと唇が触れる。
短くて、優しくて、あたたかい。
大聖堂が拍手で包み込まれた。
それはまるで空まで届く祝福のようだった。
その後、城の大広間に移動すると、そこには豪華な披露宴が用意されていた。
巨大なロースト、色とりどりの果物、黄金色のスープ……
王宮料理人が総動員されて用意した祝宴だ。
「クラウス様ー!こっち向いてー!」「お二人お似合いです!」
騎士団は完全に飲み会モードで、友人たちはキャシーのドレスを見て大騒ぎ。
ガードナー家は田舎風の絶品チーズを差し入れ、場はさらに盛り上がる。
クラウスがエールのボトルを持ってきて、キャシーに差し出す。
「……これ、初めて二人で飲んだ時のやつ?」
「ああ。あの喫茶店の店主が特別に送ってくれた」
「う、嬉しい……!」
二人はグラスに注ぎ、向かい合う。
「キャシー。
契約から始まったけれど……俺は最初から君に惹かれていた。
今こうして、君が隣にいることが……本当に幸せだ」
キャシーは頬を赤くしながら、グラスを掲げた。
「私も……クラウスを選べてよかった。
契約じゃなくて……愛で隣にいられるのが、一番嬉しい」
クラウスが微笑み、グラスを軽く触れ合わせる。
「これからも、よろしく。
――俺の妻」
「うん。よろしくね、クラウス」
カラン、と澄んだ音が響く。
その音は、
これまでの迷いも恐れも消し去って、
“ふたりの新しい人生”の始まりを告げていた。
「――乾杯」
「乾杯!」
そして、大広間は大きな拍手と歓声に包まれた。
契約結婚から始まった二人は、
ついに本当の恋人となり――夫婦になった。
これは終わりではない。
ふたりの物語は、ここから新しく始まるのだ。




