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キャシーの家は、大通りから少し外れた静かな裏通りにあった。
白壁の小さな二階建てで、窓辺には小さな花が揺れている。
決して豪華ではないが、清潔で落ち着く――そんな家だった。
「ここです。あの……本当にありがとうございます」
キャシーが鍵を開けると、クラウスは散らばった魔石の入った鞄を静かに渡してくれた。
「壊れた鞄は……どこに置けばいい?」
「あ、そこに。あとで修理屋さんに持っていきます」
クラウスは淡々と室内を見回した。
部屋には整然と並んだ道具箱と、磨かれた机、そして魔石を加工する作業台。
生活用品もきっちりまとめられており、キャシーの性格がそのまま表れているようだった。
「思ったより……落ち着く家だな」
「えっ、は、はい……? そんな大したものじゃ……」
褒められると思っていなかったので、キャシーは目をぱちぱちさせた。
「……お前の性格が出ている」
(え……急にそんなことを……!)
ほんの少し頬が熱くなる。
もしかしたら、クラウスは無自覚に人をドキッとさせるタイプかもしれない。
「青と緑の魔石か……青色は魔力増幅、緑は……?」
「防御です。えっと、その……色ごとに相場が違うんですけど、これは全部安物なので」
「……自分で“安物”と言うあたり、堅実だな」
「えっ、いや、だって節約しないと、都会はお金かかりますし……」
「悪くない考えだ」
クラウスに真面目に返されるとは思わず、キャシーはなんとなく照れた。
(この人、本当に噂の“氷の騎士”なの? 意外と話しやすい……)
魔石を一通り片付け終わると、クラウスがふと時計の方を見た。
「……昼を過ぎているな」
「えっ、あっ、本当だ! お昼買い忘れてました……」
キャシーはお腹を押さえて苦笑した。
クラウスは少し考えたあと、まるで自然な流れのように言った。
「この近くに喫茶店があったはずだ。……行くか?」
「えっ、い……いいんですか?」
「俺の都合で付き合わせた。礼をしたい」
(……いやいや、ひったくり捕まえたのはあなたなのに!?)
クラウスの言葉は素っ気ないが、断らせる気がまるでない。
キャシーは少し迷ったが、結局――
「じゃ、じゃあ……ご一緒します」
小さく頷いた。
◆◇◆
喫茶店「ルーナ」は、小さな店構えに反して落ち着いた雰囲気を持つ人気店だ。
店内にはアロマのような甘い香りが漂い、昼過ぎでも客足が絶えない。
二人は窓際の席に座った。
「ここのエール、人気なんですよ。飲みやすくて」
「エール……酒か?」
「お酒ですけど、喫茶店のは軽いんです。ほとんどジュースみたいで」
キャシーはメニューを開きながら笑う。
クラウスは彼女の表情を見つめ、わずかに目を細めた。
「……そうか。なら俺も飲んでみる」
やがて店員がエールと軽食プレートを運んできた。
「それじゃ……いただきます」
キャシーはグラスを持ち上げ、琥珀色の液体を口に含む。
「……あっ、おいしい。やっぱりここのは当たりだわ」
クラウスも一口飲み、静かに目を見開いた。
「ほんのり甘いな。苦みがほとんどない」
「でしょ? 果物エールだから軽くて飲みやすいんです」
「……これなら気に入った」
クラウスの口元が、ほんの少し緩んだ。
それを見てキャシーは思わず吹き出しそうになる。
(氷の騎士……甘いエールで笑うんだ……かわいい……)
「何か言いたそうだな」
「い、いえ!? そんなこと……」
誤魔化しながら、サンドイッチにかぶりつく。
クラウスはプレートを少し回し、さりげなくキャシーの方に美味しそうな部分を寄せた。
「え? あ、ありがとうございます……」
(え、え、なに……優しい……? 怖いって聞いてたのに、めちゃくちゃ紳士……)
二人で食事をしつつ、自然と会話が弾んでいく。
「付与師の仕事は、忙しいのか?」
「えっと……繁忙期とそうじゃない時期がありますね。でも楽しいですよ」
「楽しいと思える仕事に就いているのは、いいことだ」
「クラウスさんは騎士の仕事、好きですか?」
クラウスは数秒黙った。
その沈黙は迷いではなく、言葉を選んでいるようだった。
「……誇りはある。だが、好きかどうかは……時と場合による」
「へぇ……なんか分かる気がします」
「お前に分かるのか?」
「簡単じゃない仕事ほど、誇りと苦労が混ざってるものですから」
キャシーが微笑むと、クラウスはわずかに目を伏せて笑った。
「……そうだな。お前はよく見ている」
(な、何その言い方……! 褒めるの上手すぎる……!)
胸が無駄にドキドキする。
その後も、魔法の話、仕事の話、王都のおすすめ料理、買い物事情――話題は尽きなかった。
なにより驚いたのは、クラウスが意外なほど雑談が上手かったことだ。
話す量は多くないのに、絶妙に返してくれる。
気づけば、エールのグラスは空になっていた。
「クラウスさんって、普段もそんなに話すんですか?」
「いや」
「……ですよね」
クラウスは真顔で続けた。
「お前が話しやすいだけだ」
グラスを置きながら、さらっと言う。
「っ……」
(え、ちょ、そんな……ストレートに……!?)
キャシーの顔が一気に熱くなった。
クラウスは首をかしげる。
「何か変なことを言ったか?」
「いえっ、なんでもないですっ!」
(なんなのこの人……! 思ってたのと違う……! 怖い人じゃない……むしろ……)
むしろ、ちょっと――
「……優しいですね、クラウスさんは」
思わず漏れた言葉に、クラウスはふっと目を細めた。
「そんなことはない」
そう言いながらも、少し照れたような表情に、
優しい気持ちになる。
少し、クラウスが黙って、考えた表情をした後。
「――話があるのだが」
と切り出した。




