18
王宮の来賓室は、朝の光を受けて柔らかく輝いているはずなのに、キャシーにはひどく冷たい場所に感じられた。
昨夜、“聖女”と呼ばれてしまった瞬間からすべてが急に動き始めた。
命を落としかけた王子に反射的に回復魔法を施した――ただそれだけのはずなのに。
人生が勝手に動いていく感覚が、ずっと胸に居座っている。
(どうして、こんなことになってしまったんだろう)
控えめにノック音が響き、侍女が扉を開ける。
入ってきたのは政治局の局長――国政の中心にいる人物だ。
「聖女様。お待たせしました」
「……はい」
キャシーは背筋を伸ばし、彼の言葉を待つ。
「あなたには、“聖女”としての立場が生まれました。
聖女は古来より、王家と関係を結ぶのが慣例です」
(やっぱり……)
覚悟していた言葉だった。しかし、胸が苦しくなる。
「ただし、王太子殿下にはすでに婚約者がいる。
そのため、あなたとの婚姻を成立させることは、政治的に極めて難しい」
胸の鼓動が、ぎゅっと跳ねた。
なら――わたしは自由でいられる?
そう思ったのも一瞬だった。
「そこで、王家は別の選択肢を検討しました。
――あなたには“ある男性”との縁談が提示されます」
「ある……男性、ですか?」
「ええ。相応しい地位を持ち、聖女を迎えるにふさわしい家柄の――」
「嫌です!」
思わず反射的に叫んでしまった。
「好きな人がいるのです、その人以外考えられません!」
しかし局長は静かに告げる。
「聖女様である以上、国の重要人物との結婚は国の定めです」
心臓が締め付けられるように苦しくなる。
残酷な言葉に、私は静かに涙を流した。
数日たって、結婚相手となる”ある男性”と対面する事になった。
「“ある男性”って……誰なんですか?」
キャシーは不安を押し殺し、正面から尋ねた。
局長は一拍置き――静かに名を告げる。
「クラウス・セラフィス公爵です」
「…………え?」
思考が止まった。
(聞き間違いじゃないよね?)
扉から、正装したクラウスが現れる、
心臓がどきどきして、以前とは違う意味で泣きそうになった。
「こ、公爵……って……
あなた、子爵じゃなかったの……?」
「嘘をついていたわけじゃない。
今までは子爵の身分しか持っていなかったから――」
クラウスは手袋を外し、胸に手を置く。
「父を説得して急遽、俺が家督を継いで公爵家の当主になった」
キャシーの頭が、真っ白になった。
(じゃあ――政略結婚の“相手”は……クラウス?
わたしが好きになった人、その人自身が……?)
局長が淡々と続ける。
「聖女にふさわしい立場として、公爵家は理想的だ。
あなたが王太子に嫁がない以上、次点はクラウス公爵となる」
喜びが溢れてくる。
こんな事って!私は神に感謝をした。
「……局長」
「何か?」
「キャシーを駒に使うのは、やめていただきたい」
クラウスは真っ直ぐに言い切った。
「俺が彼女を選ぶ。ただそれだけです」
局長は目を瞬いた。
「あなたから、そのような言葉が出るとは……」
「俺はこれまで政治に興味を示さなかったが、
彼女が関わるなら話は別だ」
クラウスはキャシーの手を取り、堂々と言う。
「キャシーは、俺の妻にする。
政略ではなく、俺自身の意志で」
「……クラウス……」
名前を呼ぶ声がふるえる。
クラウスはそっと微笑んだ。
「お前を守る。どんな相手が敵になろうと」
その言葉が胸に落ちた瞬間、キャシーはもう涙を止められなかった。
嬉しくて、怖くて、でも――確かに満たされていた。
「クラウスが……選んでくれるなら……
わたしも、あなたを選びたい……」
クラウスはキャシーを抱き寄せ、優しく耳元で囁く。
「なら、もう決まりだ」
「聖女様、相手は公爵だそうです」
「やはり、クラウス公爵か……!」
「しかし互いに“恋愛関係”だという噂が……」
王宮中に噂が駆け巡った。




