表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いきなりの契約結婚は運命の恋でした  作者: あいら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

16

王宮の大広間は、きらめくシャンデリアと鮮やかな装花に彩られ、夜会の準備を整えていた。重厚な音楽が流れ、来賓たちはゆるやかに談笑しながら開宴を待っている。


 キャシーはクラウスの横に立ち、緊張して胸の前で手をそっと組んでいた。


「大丈夫だ。俺が隣にいる」


 クラウスが小さく囁く。その穏やかな声だけで、全身がふっと楽になる。


「ありがとう。……落ち着いた」


「無理に笑わなくていい。自然でいろ」


「うん」


 クラウスは相変わらず仏頂面だったが、その声には優しさがあった。

 ――この人、本当に変わったな。

 そんなことを思いながら、出席者に軽く会釈を返す。貴族たちの視線は何となくキャシーに集まっている。噂になったドレスのこともあるのだろう。


 やがて王家の紋章旗が掲げられ、開宴を告げる太鼓が鳴り響いた。


「王太子殿下、ご入場!」


 盛大なアナウンスとともに、王太子ライナルトが姿を現す。均整の取れた体躯に、柔らかな金髪。穏やかな笑みを浮かべ、周囲に気さくに挨拶を返していた。


 ――その瞬間、空気が変わった。


 耳の奥で、ひゅ、と何かが切り裂くような音がした。


 




 悲鳴が上がった。


 黒い影が、王太子へ向かって一気に飛び込んだ。

 クラウスが反射的にキャシーの肩を抱き寄せる。


「下がれ!」


 鋭い声とともに、一瞬で剣を抜く高位騎士たち。しかし影はあまりにも速く、白刃の間をすり抜ける。


「まさか――刺客!?」


 王妃の悲鳴が響いた。王太子の護衛二名が間に立ちはだかる。しかし影は軽やかに剣を弾き、王太子の胸元へ短剣を突き立てる。


「殿下ッ!!」


 赤い飛沫が舞い、大広間が凍りついた。

 王太子は膝から崩れ落ちる。胸元の深い傷から血が溢れ出し、床を赤く染めていく。


(……ダメだ)


(このままだと――死んでしまう)


 その瞬間、キャシーの足が勝手に前へ走り出していた。

 クラウスが思わず手を伸ばす。


「キャシー!! 危険だ!」


「大丈夫、行く……!」


 自分でも信じられない声だった。震えも恐怖もあったのに、それ以上に身体が動いていた。


 刺客はすでに周囲の騎士に押さえつけられている。

 キャシーは血溜まりに膝をつき、震える王太子の胸に手をかざした。


 ――どうして動けたのか、分からない。


 ただ、頭の奥で誰かが叫んでいた。


 守らなきゃ。


 助けなきゃ。


 



「殿下、意識を……!」


「血が――止まらない!」


 騎士たちの焦りが耳に刺さる。キャシーは拳を握りしめ、深く息を吸った。


(お願い……!)


 胸の奥にある魔力が、ふつふつと熱を帯びる。

 回復魔法。

 ずっと隠していた、誰にも見せてこなかった力。


 指先が光る。


 白光が、花びらのように広がった。


「……っ!」


 あまりの眩しさに視界が白に染まる。

 周囲の騎士たちが息を呑む音が聞こえた。


 光は王太子の傷口に吸い込まれ、深くえぐれた肉がみるみる元に戻っていく。

 血の流れが止まり、青白かった王太子の頬に少しずつ赤みが戻った。


「なん……だ……これは……?」


「傷が……塞がっていく……!」


「まさか……回復魔法……!? この規模を、一人で……?」


 ざわめきが、波紋のように広がっていく。

 しかしキャシーは周囲の声を聞いていなかった。


(まだ……もう少し……!)


 魔力がどんどん流れ出し、手足がしびれていく。だが、止める気はさらさらなかった。


 王太子の呼吸が安定し、胸が規則正しく上下し始めたとき――


 キャシーは糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。


「キャシー!」


 抱きとめたのはクラウスだった。

 腕の中に引き寄せ、強張った声で叫ぶ。


「無茶をするな……!」


「だって……放っておけなかった……」


 息が荒い。だが王太子は助かった。それだけで十分だった。


 




 沈黙に包まれていた大広間に、誰かの声が震えながら落ちた。


「……聖女だ」


 騎士のひとりが呟く。

 そのひと言は、あまりにも重すぎた。


「聖女……?」


「あの治癒光……記録にある“聖女の祝福”そのものだ!」


「王太子の致命傷を数秒で……!」


 ざわめきは一気に広がり、まるで巨人の足音のように大広間を満たしていく。


「聖女様……?」


「この国を救う――本物の……!」


「伝承の……!」


 視線が、いっせいにキャシーへ向けられた。畏敬と、驚愕と、祈りにも似た眼差しが降り注ぐ。


 キャシーは戸惑い、震え、胸に抱き寄せるクラウスを見上げた。


「わ、私……そんなつもりじゃ……」


「分かってる。お前は、ただ助けたかっただけだ」


 クラウスの手が、キャシーの後頭部にそっと添えられる。

 その温度だけが確かだった。


「クラウスさん……」


「大丈夫だ。何があっても、俺が守る」


 騎士たちは膝をつき、王妃でさえ涙を流しながらキャシーに深く頭を下げた。


 その光景は、キャシーから“普通の人生”という概念を一瞬で奪った。


 ――この瞬間、彼女は“聖女”と呼ばれる存在になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ