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「え、本当にやるの? コンパ?」
友人のメリッサの提案に、キャシーは思わず聞き返してしまった。喫茶店のテーブルには焼き菓子が並び、窓から差し込む午後の日差しが柔らかく揺れている。
「やるやる! だって最近さ、キャシーの表情が“幸せそう”なんだもん。あんたの旦那さんの話も聞きたいしぃ〜」
「いや……その……」
メリッサはすでにノートを広げ、勢いよくメモをとっていた。
「場所は……居酒屋! 一部屋貸し切りでっ!」
「い、居酒屋!?」
「だって騎士団の男子を呼ぶなら、飲ませないと始まらないって!」
その一言で、キャシーの眉がぴくりと動く。
騎士団。つまりクラウスの同僚。つまり……
「クラウスも来るの?」
「呼ぶに決まってんじゃ〜ん! あなたの旦那さん、騎士たちに人気らしいよ?」
「ひゃっ……!?」
なんだそれ。そんな話、聞いたことない。
恋愛強者のメリッサが机をばんっと叩いた。
「決定! 今週末ね!早速参加者集めなきゃ!」
「は、早……!」
流れの速さに押し切られたキャシーは、参加せざるを得なくなった。
***
週末、居酒屋「赤い葡萄亭」。
普段から地元客でにぎわう場所で、騒がしく。
その居酒屋の一部屋が貸し切りとなっていた。
提灯の優しい光、木の香り、にぎやかな声。
部屋の入口には「貸切」の札がぶら下がっている。
友人たちは可愛い服に身を包み、すでにテンションが高い。
ドアががらりと開き、騎士団の若者たちがわっと入ってくる。
男性が多い!
女性は私を入れて5人程なのに、男性は12人程いる。
女性の目は獲物を狙う目で輝いているものの、
表面的には優しい笑顔を浮かべていて、さすがと思う。
「おーっ! 女子が本当にいる!!」
「隊長は? 隊長はまだか!?」
勢いがすごい。
さすが鍛えた体力の塊、声量が違う。
思わず呟いてしまう。
「騒がしくなる未来しか見えない……」
「むしろ騒がしくするのが目的なの! ほら、楽しむ!」
メリッサに背中を押され、キャシーは席へ向かった。
***
開始から15分――
テーブルはすでにわいわいと盛り上がっていた。
「このエール、うまっ!」
「おまえ飲みすぎ! 開始15分!」
「女子の前だぞ、もっと紳士らしく!」
「無理無理!」
「はははは!」
わちゃわちゃしている。
席に座っているだけで、宴の中心にいるようなエネルギーだ。
「キャシーちゃん、旦那さんって“氷の騎士”なんだよね?」
「えっ、あ、うん……」
「どこどこ!? 今日来るんでしょ!?」
「そ、それは……」
女子たちの目がきらきらしている。
やめて。お願いだから落ち着いて。
「隊長!! 隊長来たぞーっ!!」
ひとりが叫んだ瞬間、店内の空気が一瞬だけ静まった。
入口に立つ長身の男。
深い青の騎士服をきちんと着込み、少しだけ前髪を整えたクラウスが、そこにいた。
――なんでそんな格好、少し整えてるの。
キャシーの胸が妙にそわつく。
「遅れてすまない」
低く落ち着いた声に、女子5人が一斉に息をのむ。
「うわ……かっこ……」
「背高い……」
「雰囲気ずる……」
友人たちの反応が早すぎる。
クラウスは軽く周囲に頭を下げたあと、自然な動作でキャシーの隣へ座った。
何も言わず、しかし当たり前のように。
その自然さに、女子全員が「ええ〜!?」と目で会話しているのが分かる。
「クラウス、来てくれたんだ……」
「君が参加すると聞いたから」
その一言の破壊力は大きかった。
キャシーだけが聞こえるくらいの小さな声だったのが、またずるい。
「……っ!」
友人たちはますますざわつく。
***
コンパはさらに加速し、騎士たちはワイワイと飲み始めた。
「セラフィス隊長ー! 乾杯しましょう!!」
「キャシーさん、旦那さんかっこよすぎでは!?」
「いやいや、あれは結婚してても狙われるやつだよ!?」
「ねぇクラウスさん、キャシーって普段からあんな優しいの!?」
クラウスが答える前に、キャシーが慌てる。
「優しくなんか――」
「優しいよ」
本人が否定しなかった。
むしろさらっと言った。
キャシーは言葉を詰まらせ、グラスを持つ手が震えそうになる。
「……クラウス、そういうことは外で言わないでよ……」
「外だから言うんだ」
さらに破壊力のある返しが来た。
賑やかだったコンパは、いつの間にか熱気を帯びていた。
店内に吊されたランプの光が揺れ、木造りのテーブルの上には酒瓶が並び、騎士たちは頬を赤くしながら笑い合っている。
「キャシーちゃん、飲みすぎてない? 水も持ってくるね!」
「ありがとう、けっこう平気!」
女子五人の輪の中でキャシーは微笑んだ。
だが席替えが進むと、ふとした拍子に周りが席を立ち、テーブルには彼女ひとりが残る形になった。
(ちょっと席が離れちゃったかな……)
クラウスは数席向こう。
騎士仲間と話しながらも、ときどきこちらを気にして目線を寄こしているのが分かる。
その視線が少し照れくさくて、キャシーがグラスを持ち直した――その時。
「ねえ、隣、いい?」
低く太い声が耳元に降りてきた。
振り向くと、肩幅の広い、髪を後ろで束ねた青年騎士がいた。
さっきまで向こうで豪快に飲んでいた男だ。
「あ、えっと……誰か来るかも……」
「そう固いこと言うなよ。さっきからずっと話したかったんだ。付与師なんだろ? すげえよな。俺、魔道具とか結構好きでさ」
返事を待つ前に、男はずいっと距離を縮めてきた。
(う、近い……!)
キャシーは思わず身体を引いたが、男は気づかないのか、むしろさらにテンションを上げる。
「君さ、笑うとかわいいよな。さっきから見てて思ったんだ。ほら、その……俺、結構タイプで――」
「ちょ、ちょっと……!」
(結婚しているって知っているはずよね?)
ここまで来ると、さすがに困惑が勝つ。
はっきり断ろうと口を開いた瞬間。
「――おい」
店内の喧騒を切り裂くように低い声が落ちた。
クラウスだった。
席を立ち、こちらへ歩いてくるその足取りは静かなのに、周囲の空気が凍る。
彼の碧眼は、普段の柔らかさを完全に失っていた。
まるで氷柱のように、刺すほど冷たい。
「キャシーが困ってるの、見えなかったか?」
「え、いや……別に困っては――」
「困ってるだろ」
一瞬で遮られる。
青年騎士は思わずのけぞり、酔いがふっと飛んでいくような表情になる。
クラウスはキャシーの手首をそっと、でも確実に掴んだ。
引っ張るのではなく、守るような位置に引き寄せる。
「俺の仲間に乱暴はしないが……しつこいなら話は別だ」
「申し訳ございません……!」
青年騎士は慌てて席を離れて行った。
男が完全にいなくなると、クラウスはようやくキャシーの手を離した。
しかし距離は近いままだ。
「……大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう。ちょっと驚いただけで……」
「驚くだろ。あれは、どう見ても距離が近すぎる」
クラウスの声は抑えているのに、どこか怒りが滲んでいた。
「べつに私、ああいうの慣れてるわけじゃないし……少し困ってたけど……」
「困ってたなら、もっと早く呼べ」
クラウスの眉間が寄る。
普段は滅多に見せない、感情の熱さだ。
「……えっと、クラウス?」
「……あいつに笑いかけてたの、正直、面白くなかった」
まっすぐな嫉妬が降ってきた。
「え……」
キャシーの胸が跳ねる。
クラウス自身も、言ったあとでわずかに耳が赤くなる。
はっきり自覚していないのかもしれない。
だが独占欲は隠しきれないほど滲んでいた。
「君が誰に笑うかなんて、俺が口出しすることじゃないのは分かってる。だけど……俺の前で、軽い男に気安く話しかけられてるのを見ると……落ち着かない」
キャシーは、息を飲み込んだ。
(クラウスが……嫉妬してる……?)
信じられないような、けれど胸の奥が温かくなるような感覚。
怒りではなく、守られた安心感がじんと広がる。
「クラウス……その……ありがとう。ちょっと嬉しかった……かも」
ぽつりと言うと、クラウスは目を丸くした。
しかしすぐに視線をそらし、喉をかすかに鳴らす。
「……そ、そうか」
その横顔は、耳だけでなく頬まで赤い。
店の喧騒は相変わらず響いているのに、ふたりの周囲だけ別の空気が流れていた。
近づきすぎた温度が、簡単に離れなくなっていた。




