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王宮での一件から数日後。
キャシーとクラウスの日常は、以前より少しだけ柔らかい空気に包まれていた。
朝食の準備を終え、キャシーがテーブルに皿を並べていると、
寝起きのクラウスが寝癖のままキッチンへ入ってきた。
「おはよう……キャシー」
「おはようございます。今日は少し遅めですね」
「昨日の夜勤の疲れが残っててな……手伝うよ」
「大丈夫ですってば。座っててください」
しかしクラウスは聞かない。
「いや、このくらい……」
その瞬間、ガシャンッ!!
「えっ!?」
テーブルの端に置かれた皿を手に取ろうとしたクラウスは、
寝ぼけたまま角度を間違え、見事に床へ落としてしまった。
無惨にも粉々に砕け散る陶器。
「あ……やった……」
「クラウスさん!? 大丈夫ですか!?」
「……皿が、割れてしまった」
「違う! 手を見せてください!」
キャシーが慌てて駆け寄り、クラウスの指先を掴む。
小さな切り傷ができていた。
(やっぱり……!)
慌てて救急箱を引っ張り出し、手当をする。
クラウスは穏やかに笑った。
「ありがとう。
……皿の心配より、俺の指を真っ先に見るあたり、君らしいな」
「べ、別に……当然ですよ!」
(なんだろう、この気まずさと嬉しさが混ざった感じ……)
砕け散った皿はキャシーが住んでいた所から持ってきた皿だ。
「……ごめん。割ったの、俺だ」
「いえ、寝ぼけてたんですから仕方ないですよ」
「でも……」
クラウスが気まずそうに目をそらすのが、珍しくて少し可愛い。
「セールで安かったお皿を更に割引して買ったお皿なんです!
そんなに気にしないでください」
「きみらしな」
やっとクラウスが笑顔を見せてほっとする。
「じゃあ、新しいのを買いに行きましょう。
ちょうど休日ですし!」
「いいのか?」
「もちろん。……ふたりで選びたいですから」
その瞬間、クラウスの目がわずかに見開かれた。
驚きと、嬉しさと、照れが混ざったような表情。
「……行こう」
***
休日の市場は活気に満ちていた。
野菜の匂い、焼き菓子の甘い香り、遠くから聞こえる楽器の音。
「今日は人が多いな」
「休日ですからね。あ、あそこ食器屋さんです!」
キャシーが指差す先には、小さな陶器店が並んでいた。
「わぁ……可愛い……」
素焼きの皿、手描きのカップ、ガラスの瓶。
キャシーは目を輝かせながらひとつひとつ手に取っていく。
クラウスはその後ろ姿を、静かに見守っていた。
(……本当に、楽しそうだな)
「クラウスさん、これとかどうです?」
キャシーが差し出したのは、淡い花模様の皿。
「いいと思う。君らしい」
「えへへ、可愛いですよね」
「……で、もせっかくだからお揃いにしたいな」
店員が微笑ましそうに見てくる。
「そうですね、なら……」
と白色に金の柄が入ったお皿を手にする、
どんな料理にも合いそうで、これならクラウスが使っても違和感がない。
「これなんかどうです?」
「いいな」
「じゃあ、決定ですね」
そうして、そのお皿を2枚買う事にした。
さらにカトラリー売り場を回り、
フォークやスプーンもお揃いにした。
「銀色のスプーンにフォーク。んー、いいですね!」
「食事が楽しくなりそうだ」
「ふふっ、ですね!」
袋に食器を詰めながら、キャシーは胸の奥が温かくなるのを感じた。
(……こんなふうに買い物するなんて、昔の私からしたら考えられないな)
***
市場の奥へ進むと、木工品の露店が見えてきた。
「キャシー、あれ……」
「あっ……!」
二人の視線が同時に止まったのは、
美しく磨かれた木製のカップ。
エール専用の、ずっしりとした造りだ。
「すごい……!」
「この木目、珍しい。
硬質で、温度が変わりにくい材だ」
店主がにっこりと笑う。
「旦那さん、よく分かってるねぇ。
これは旅人や冒険者に人気のエールカップでね。
ふたりで揃える方も多いよ」
「そ、揃えるって……!」
キャシーが慌てて赤くなると、
クラウスは迷いなく言った。
「揃えよう。
君とエールを飲むの、好きだから」
「!!!」
(急にそんな……! 店主さんの前で!)
キャシーが顔を真っ赤にすると、店主は爆笑した。
「仲がいいねぇ!
新婚さんかい?」
「ち、違っ……」
「そうです」
クラウスの無表情の即答に、キャシーは口をパクパクさせる。
(この人は本当に……!!)
結局ふたりは、
木目違いのペアカップを購入した。
キャシーは淡い色合い、クラウスは深みのある色合い。
まるで二人の性格がそのままカップに宿ったようだった。
***
夕方。
買ってきた食器を洗い、棚に並べながらキャシーは思った。
(……なんか、もう)
隣でクラウスが木製カップを手にしながら言う。
「新しい食器、いいものだな」
「はい……なんか……“ふたりの暮らし”って感じがして」
「俺も……そう思ってた」
クラウスの声が低く優しい。
その響きに胸が少しだけ跳ねた。
「キャシー。
皿を割ったの、悪かったな」
「もういいですよ。新しいの買いましたし」
「でも……君が怒らなくて助かった」
「怒るわけないです。だって……」
キャシーはそっと目をそらす。
「クラウスさんが、怪我した方が嫌でしたから」
「……!」
クラウスは一瞬言葉を失ったように固まり、
次に、ゆっくり微笑んだ。
「……ありがとう。
君のそういうところ、本当に……好きだ」
「ま、まって今のは聞こえませんでした!」
「聞こえなくていい」
「ダメです!!」
ふたりの声が重なり、小さな部屋に笑いが広がった。




