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クラウスが体調を崩した週の週末。
キャシーが朝食の支度をしていると、ドアが激しく叩かれた。
「セラフィス夫人!? いらっしゃいますか!」
(こんな朝早くに……誰?)
扉を開けると、王宮の紋章を胸に刻んだ若い騎士が立っていた。
息は上がり、明らかに切羽詰まった様子。
「申し訳ありません! 至急、付与師の方を——」
「私ですけど……何かありました?」
騎士は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに深く頭を下げた。
「王宮付与師アルノー殿が倒れました!
結界維持のため、臨時で付与師を……どうか、お力をお貸しください!」
(どうして私に?力は隠していたはずだけど……)
キャシーはクラウスの部屋をちらりと見やった。
今はぐっすり眠っている。熱はもう下がっていた。
(王宮の命令なら断れない……)
「……分かりました。準備しますので待っていてください」
「本当に助かります!」
***
王宮に到着すると、入口からすでに慌ただしい雰囲気が漂っていた。
魔力の波が重く、空気に緊張が満ちている。
「付与師はまだか!」
「もう結界が……!」
騎士たちが焦燥で声を荒げ、キャシーを見ると一瞬の沈黙が走った。
「……この方が?」
「臨時の付与師だ。腕は確かと聞いている」
(……どこ情報?)
案内された部屋には、魔力石が塔のように積まれた装置があり、
中央には気を失ったアルノーが横たわっていた。
「魔力切れです。昨夜からの魔力供給で限界が……」
医務官の言葉にキャシーは眉をひそめた。
「ここまでになるまで、代わりを呼ばなかったんですか?」
「王宮付与師は彼ひとりで……他の者では精度が足りず……」
(なんて無茶な仕事……)
キャシーは深く息を吸い、装置の魔石に手を当てた。
「では、私が引き継ぎます。
大結界だけ、ですね?」
「……はい。王都の外殻結界です」
この瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
「本当に……できるのか?」
「王宮付与師でも一日が限度の仕事だぞ」
ざわめく騎士たち。
しかしキャシーは静かに目を閉じ、集中し始めた。
***
——魔力の流れを読む。
結界の魔石が抱えている膨大な魔力情報。
王都全体に張り巡らされた護りの層。
歪みかけているライン。
(……なるほど。欠けてるのはここ)
魔力の細い裂け目を見つけると、指先から魔力を滑らせていく。
「——“補填”」
淡い光が魔石から溢れ、
部屋全体が温かな光に包まれた。
騎士たちは息を飲み、誰も動けなくなる。
「な……なんだ、この魔力……」
「王宮付与師のものじゃない……
もっと、透き通ってる……?」
キャシーは耳に入っていないように、淡々と作業を続ける。
防御系魔力の扱いにかけては、誰よりも自信がある。
魔石のひびをなぞるように魔力を編み、
崩れかけた構造を補強していく。
「……あと少し」
集中が最高潮に達し、
部屋の魔力が一瞬、静かに震えた。
「——完成」
手を離すと、魔石の輝きは安定し、結界は完全に復旧した。
沈黙が落ちる。
次の瞬間。
「す……すげえええええ!!」
「嘘だろ……!?」
「こんな短時間で……!」
騎士たちの驚愕は止まらない。
「精度が……王宮付与師以上だ……」
「いや、それどころか……
こんなの、生涯で一度見れるかどうか……!」
キャシーは軽く息を吐き、ローブの袖で汗を拭った。
「これで安定します。
あとはアルノーさんが回復すれば調整できますよ」
医務官は感激したように手を握り、涙ぐんでいる。
「こ、これは……奇跡だ……!」
「奇跡じゃないです、技術です」
きっぱり言った途端——
「あなた、名前は……!」
「キャシー・セラフィスと申します」
名乗った時も、周りはまだざわついていた。
「なんだ、王都にこんな逸材が……!」
「ぜひ王宮にお迎えしたい……!」
周囲の騎士たちがざわざわと盛り上がる。
(……あ、やばい流れ)
案の定、結界管理の長が一歩前へ出た。
「キャシー殿!
王宮付与師として正式にお迎えしたい!
前例にないほどの腕前だ!」
「えっと……お気持ちは嬉しいのですが……」
「待遇は最高だ!給金も住居も……!」
「無理です」
即答。
場が一瞬で静まる。
「……なぜですか?」
「私、こう見えて……家庭を優先したいタイプでして」
クラウスの顔が脳裏によぎる。
彼が寂しそうに帰宅する姿も、弱った声で名前を呼ぶ姿も思い出してしまい——
(……彼との生活を続けたい)
「ですので、王宮付与師は辞退します」
きっぱり言い切ると、騎士たちがざわつきはじめる。
「もったいない……!」
「王宮に必要な人材なのに……!」
「いや、本人の意思なら仕方ない……」
そのときだった。
「キャシー……?」
振り返ると、扉に寄りかかるようにクラウスが立っていた。
いつの間に来たのか、まだ本調子ではない顔だが……
驚きと、そしてどこか誇らしげな目をしている。
「クラウス!? 寝てないと!」
「……君が呼び出されたって聞いたから。
……すごいことしたんだな」
「え、えっと……まあ……少しだけ?」
クラウスは周囲の騎士たちを一瞥し、静かに言った。
「キャシーを王宮付与師に、なんて……
そんな簡単に許さないぞ」
その声音は淡々としているのに、どこか独占欲が滲む。
「だって……キャシーは俺の、妻だから」
「ちょ、ちょっとクラウス!?
変な誤解を生むような言い方しないでください!」
こうして、キャシーの「異例の王宮デビュー」は幕を閉じた。




