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それからも結局めげずに棗はカウンセリング室へやってきた。
毎週毎週拒否されているにもかかわらずにしつこく迫ってくる棗の精神力にも参ったものだ。
「(諦めないなら、どうするべきか……)」
金曜日の放課後、面談予定表は見せていないのにリストの最後の生徒がいなくなったあとにタイミングよくやってくる。
完璧なタイミングで現れるものだから、いつもどこかで監視しているのかと疑ってしまうほど。
何度ダメだと言っても蜜夏に構うのをやめないし、むしろ何だか楽しんでいるような気さえする。
かくなる上は――
「もーもせんせ♪」
「……こんにちは、棗くん」
「もう誰も来ないですよね?」
「君の言う通りだよ」
「よかった」
棗はまた後ろ手にドアの鍵を閉め、窓のカーテンも閉める。飽きもせず、毎週のルーティンのように蜜夏の後ろに回って顎を撫で始めてごくりと唾を飲み込んだ。
「今週はどう?ももせんせ」
「………棗くん、本当に後悔しない?」
「え?」
顎を撫でている棗の腕をぐいっと引っ張るとバランスを崩した棗が机の上に座る形になり、蜜夏と形勢が逆転した。
蜜夏はため息をつきながら棗の膝に乗り、彼の腕を掴んだままじっと手を眺める。
棗とこんなに近い距離で向き合っていると甘い匂いが鼻をくすぐって、彼の指がシュガースティックのようにも見えてきた。
「お、わ…っ!?」
意を決して、ぱくり、棗の指を口に含む。
蜜夏の行動に棗は目を丸くして驚いていて、蜜夏は目を瞑ったまま彼の指をあむあむと弄ぶ。
時折柔く歯を立てて『食べる』と、蜜夏の頭上から生唾を飲み込む音が聞こえた。
棗を少し怖がらせるために蜜夏がとった行動は『フォーク』だと実感してもらうということ。
いつもいつも蜜夏に『食べてほしい』と仕掛けてくるけれど、実際に蜜夏が捕食行動をしたらさすがの棗も多少なりとも恐怖を抱くだろう。
そう思っていたのだけれど。
「ん、ん……」
「………」
「はむ、んん…」
思いっきり歯を立てたい。舐めるだけじゃ足りない。
もっと、もっと、もっと――
「ふふ、みつかさん……」
「んぅ……?」
「夢中になって俺の指食べてるの、めちゃくちゃいい、ですね……」
熱を孕んだ瞳が見下ろしていて、そんな瞳とばっちり目が合ってしまった蜜夏は棗の言葉にぶわっと顔を赤くした。
驚きにあんぐりと口を開けたままにしていると、ニヤリと笑う棗が再び口に指を入れてくる。
ぐるりと口内をかきまわされ、蜜夏が指に歯を立ててもニコニコと笑っている棗にぞわりと背筋が粟立った。
「やめ、や、や……!」
「やめて?始めたのは蜜夏さんなのに」
「ちが、そ、だけど……っ」
「指の一本や二本なくなっても俺は大丈夫ですよ」
「ちがうの、ごめ、ごめん……ッ!」
ダメだ、やはり方法を間違えた。
棗を少し怖がらせてやろうと思っただけなのだが、まさか彼がこんなに興奮してしまうとは思わなかった。
ギラついた瞳に飲まれそうになり、やはり蜜夏はフォークなのにケーキの棗に『食い尽くされそう』だと感じる。
フォークにとって最愛のケーキと出会うと理性がなくなると医師は言っていたが、蜜夏と棗の場合は最愛のケーキである彼のほうが理性がなくなっている気がした。
棗自身も『フォークに食べられたい』という思考で頭の中がいっぱいになっていると言っていたし、棗の『本能』のほうが蜜夏よりも強いのかもしれない。
「はなして、おねが…はなして……」
このままでは本当に棗の指を食べてしまうかもしれない。
自分がとった行動に恐ろしくなった蜜夏が震えながら切実に訴えると、棗は面白くなさそうな顔をしつつも離してくれた。
「大人なのに、本当にバカなことをしたと思ってるけど……いつまでもからかってたら本当に食べちゃうかもよって、話をしたかっただけで……」
「あはっ、かわいい。それで俺がびびってやめると思ったんだ」
「諦めてくれるかなって……」
「ふは。それって結構、ありえないことなんだよね」
「え?」
棗の膝に乗ったままの蜜夏の腰を撫でて、今度はふわりと笑う棗。
イケメンはどんな顔をしていてもイケメンだし相変わらず蜜夏を誘ういい匂いがするなと、場違いなことを考えた。
「何されても、俺が蜜夏さんを諦めるのは無理」
「お、おれのことを諦めるのが無理、なの……?」
「うん。だってずっと好きだったんだもん」
「なつめく、」
「ももせんせーに一目惚れしたって、ずっと言ってたでしょ、俺」
だからちょっと脅されたくらいじゃ、ももせんせーのこと諦めないよ。
そんなことを言う棗に甘い甘いキスをされて、蜜夏は観念したように目を閉じた。




