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【完結】金曜日の霞  作者: 社菘
1.春
7/36



棗の言う『シェリ・ケーキ』の話は、先週の金曜日に病院を受診したときに医師が説明していた気がする。


『稀に"相性がよすぎる"ケーキの匂いは分かることがあります。まるでそのフォークのために生まれてきたようなケーキ……つまり、あなたにとって極上の食事になる個体がいるかもしれない、ということです』


そう言われたとき、抑制剤が効くのかどうかをぼんやりした頭の中で考えたあの金曜日。


この一年毎週のように顔を合わせていた棗がケーキだったという事実にも驚いたけれど、それだけではなく『シェリ・ケーキ』だったことに驚愕した。


フォークがシェリ・ケーキと出会うのは稀だと言っていたし、まだフォークだと自覚して日が浅い蜜夏にこの出会いは『大人』としてどうしたらいいのか考えられない。


棗の甘い匂いが体内に入って全身を侵されているようだし、ケーキから自分の意思で『離れられない』と感じる。


ごくりと生唾を飲み込んだのが分かったのか棗がくすくす笑っていて、顎を撫でていた指が頬を撫でたり唇を撫でたり、蜜夏の形をなぞるように触れられた。


「やめ……おねがい、棗くん…触るのやめて……!」

「うーん……ごめんなさい。でもフォークがシェリ・ケーキの誘惑に耐えられないのと同じで、ケーキ側もフォークに食べられたい誘惑に抗えないんですよ」

「え……」

「だから、食べてもらわないと困るんです」


くいっと顎を持ち上げられると、熱が浮かぶ瞳をしている棗と目が合った。


フォークなのはたしかに蜜夏なのに、妖しく笑っている棗の顔を見た途端にゾワっと背筋が粟立つ。


まるで自分のほうが『食い尽くされそう』な感覚に襲われ、思わず息をするのも忘れた。


「………ねえ、食べてみたくなったでしょ?」

「そ、んな……」

「味見だけでもしていかない?」

「まって、や、だめ……っ!」


すすすっと棗の指が蜜夏の唇を撫でる。たったそれだけで唇にじわりと甘いものが押し付けられている感覚があり、蜜夏はさらに頭がぼーっとする感覚に襲われた。


食べたい


舐めたい、食べたい、食べたい、食べたい、舐めたい


視界がぐわんぐわん揺れるようで、それでも蜜夏の意識は目の前にある棗の指先を捉えていた。


「舐めるだけでも、してみて?」


硬く結んでいる唇を棗の指先が無理やりこじ開けるかのように割り入って、蜜夏の舌に彼の指先が触れた。


すると舌先からじわり、砂糖のようなシロップのような甘さが広がっていく。


フォーク専用の栄養ドリンクや食事よりもっと甘美な指先に、蜜夏の瞳はとろっととろけてしまった。


「……おいしいでしょ?蜜夏さん」

「んぅ、ん……っ」


今まで食べたこともないような甘さが口いっぱいに広がって、彼が本当に『シェリ・ケーキ』なんだなと感じる。


指先を少し舐めただけでこんなに美味しいのに、もっと食べたらどうなっちゃうんだろう――


フォークにとって『最愛のケーキ』と名付けられているのがよく分かる。


人工的に作られたフォーク用の食事や飲み物しか摂取していないので生身のケーキの美味しさがどんなものなのかは比較ができないけれど、生まれて初めてお菓子のケーキやプリンを食べた時のような感動を覚えた。


この甘さがないともう生きていけないような、棗なしでは生きていけないような恐ろしさを抱いた。


「美味しいって言ってよ、ももせんせ」

「あ…っ、お、おいしい、です……」

「ふふ。嬉しいです」


蜜夏に舐められて唾液で濡れた指で唇をふにふにと弄ばれている蜜夏は腰が抜け、かくんっと膝が落ちてしまう。


そんな蜜夏を棗は受け止めて、ふたりでずるずるとカウンセリング室のドアを背もたれに床に座り込んだ。


「なつめくんがケーキ、だったなん、て……」

「誰にも言ってないからね。校長には言ってたけど他の先生には言わないでほしいって口止めしてたから」

「だから誰も……」


よくカウンセリング室に来るから棗はフォークかケーキだと疑っていたけれど、どの先生に聞いてもその情報は得られなかったのだ。


だからてっきり一般の生徒だと思っていたのに、まさか棗はケーキだったなんて。


しかもケーキの中でもフォークにとって最愛の、シェリ・ケーキ。


棗に抱きしめられていると甘い香りが蜜夏の体を包み込む。実際に使ったことはないけれど、漫画などでよくある『媚薬』というのを使うともしかしたら今のように頭がぼーっとしてふわふわとした気持ちになるのかもしれない。


「とけちゃってるももせんせ、可愛い。フォークなのに」

「だ、って……あまくて、おいしくて、ふわふわで……」

「今のももせんせーのほうがふわふわしてるよ。とろとろになってて美味しそう」

「あ、ちょ、だめ!」

「んむっ」


どさくさに紛れてキスしてこうとしたのか顔を近づけてくる棗の額をぺちんっと叩くと、案の定拗ねた顔をして眉間に皺を寄せていた。


ケーキは肌も体液も甘いというのは本当で指先だけでもお腹が満たされてしまったのに、キスなんてした日には――って、生徒とキスなんてしたら捕まる!


このままだと流されそうになっていたが、寸前のところで我に返って本当によかった。


「……キスしたら、もっと美味しいのに」

「……っ」

「深いキスしたらどうなると思う?」

「やめ、て……!」

「多分、俺の唾液、すごく美味しいと思うよ」


甘美な悪魔の誘いが蜜夏の耳にねっとりと響いた。




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― 新着の感想 ―
うわぁ官能的。ドキドキして来ました。絶対 棗君は天性のフォークたらしですね。毎日、待ちきれないのは ももせんせーだけじゃなくて私もです
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