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【完結】金曜日の霞  作者: 社菘
4.冬

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32/36



蜜夏が金曜日に来なかったあの日から、二週間。時間があれば毎日のように蜜夏のマンションで彼と会えるのを待ち続けた。


「あー、さっむ……」


寒いのが苦手だと言っていた彼は今、どうしているだろうか。


今までも週に一度しか『食事』をしてこなかったから二週間空いていてもきっと大丈夫だろうけれど、食事はちゃんとできているだろうか。


蜜夏を待っている間そんなことしか考えられない。相手は自分より8歳も年上の大人なのだから大丈夫だろうと思いつつ、顔を見ないと安心できないという感情を初めて知った。


「……何もなくて元気なら、それで…」


連絡先も知らないし、クリニックに押しかける以外で蜜夏と会う方法がマンションの下で待つ、なんていつの時代の話だと言われるだろう。ただ、今の棗にはこうやって待つしか方法がないのだ。


「………棗、くん……?」


棗の名前を呼んだのが蜜夏だと思ってバッと勢いよく顔を上げると、そこには今は別段会いたくない人物が驚いた顔をして立っていた。


「………桃原さん、お久しぶりです」

「あ、ああ…久しぶり、だね……」


彼がわざと蜜夏のマンションの前を通ったわけではないことくらい分かっている。ここはただの帰り道で、桃原が向かう場所は違うところだ。


いつか鉢合わせるかもなと思っていたけれど、それにしては意外と時間がかかったものだ。


「ええと……もしかしたら聞いてるかもしれないんだけど、」

「……待ち伏せじゃないことくらい分かってます、今回は」

「あ、そ、そっか……」


別に何も話すことはないのですぐにそっぽを向いたのだが、桃原はその場を動く気がないらしい。棗は深いため息をついて「何か?」と言うと、彼はびくっと体を震わせた。


「いや、うん……元気かなと思って……」

「元気です、おかげさまで」

「え……?」

「あんたのおかげで母親に捨てられて、それなりに幸せにやってきましたよ。母親と二人だった時のほうがまともな生活してなかったんで。むしろ施設で暮らしたほうが平和でした」


――嘘に決まってんだろ。安心した顔してんじゃねーよ、クソ。


香子(かのこ)さんと連絡は……」

「とってるわけないです。連絡先も知らないし」

「そうか……僕もあの後すぐ別れたから、知らないんだ」

「ふーん……」


桃原の言う『あの後』というのは、ケーキである棗を相手に暴走した後のことだろう。そりゃあ今の桃原はあの過去をなかったことにして生きているのだろうし、隣にいる女性が棗の母親でないことは前に会った時に分かっていた。


桃原に会って改めて、自分と母親の縁は完全に切れたのだと認識した。それに関しては、桃原には感謝したいところである。いつまでも『もしかしたら』なんていう、小さくて淡い可能性を抱いていた棗の気持ちを諦めさせてくれたのだから。


「その、君と一緒にいる男性なんだけど……君がケーキだって彼は知っているのかい……?」


心配からなのか、ただの興味本位なのか。どちらでも構わないけれど、これ以上棗や蜜夏について余計な詮索はしてほしくなかった。


「知ってるよ、全部。知った上で一緒にいるし、幸せだから。あんたが心配することは何もないです」

「……そうだね、ごめん。杏さんからも前にそう言われたのに、ここでまた会うと思っていなかったから話しかけてしまって……」


桃原の言葉に何も言わないでいると、彼はくるりと背を向ける。桃原をチラリと見ると彼はまた背中を丸め、猫背になりながら一歩踏み出した。


「……あなたのことも母さんのことも、俺は一生許さないと思います。でも、そうじゃなければ蜜夏さんと出会えなかった。それだけは、感謝してます」


もしもあの出来事がなくて三人家族になっていたとしたら、蜜夏とは出会えていなかったかもしれない。いや、きっと出会う運命だったと思いたいが、未来は変わっていたかもしれないのだ。


なのでそう考えると、辛くて悲しいことも多かったけれど、この人生でよかったのだと今なら思える。


丸まった桃原の背中にそう言葉をかけると彼は小さく頷いて、棗を振り返らずに去っていった。


「……っ棗くん!」

「え?あ、み、みつかさ……!?」

「大丈夫!?何もされてない!?」

「いや、えっと、ちょっとまって」


いつかの蜜夏のように桃原の背中を見送っていると、マンションから出てきた蜜夏に肩を掴まれて驚いた。


久しぶりとか、どうしたのとか、そんな言葉が棗の口から出るより前に蜜夏のほうが焦っていた。棗の肩を掴んで心配そうな顔をしている蜜夏は最後に会ったときよりも大分痩せていて、棗は思わずその細い体をぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫です、落ち着いて。待ち伏せされたわけじゃないし、少し話してただけですから」

「そ、そ、っか……」

「ちゃんと自分の言葉で、もう関わらないでほしいって伝えました。多分もう大丈夫」

「うん……」

「それより、心配するなら逆なんですけど?」

「う……」

「めちゃくちゃ、心配しましたよ、俺のほうが………」


蜜夏の肩口に顔を埋めながらぎゅっと抱きしめ、蜜夏の匂いを肺いっぱいに吸い込む。棗はフォークではないけれど、蜜夏から香ってくる優しくて淡い香りを嗅ぐと安心するのだ。


あまりにも棗が強く抱きしめるものだから、蜜夏もおずおずと背中に手を回してぽんぽんっと優しく撫でてくれる。たったそれだけのことだけれど、久しぶりに会う蜜夏の体温を感じてツンっと鼻の奥が痛くなるのを感じた。




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