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長いようで短かった冬休みが明け、今日は初めての金曜日。
「棗〜、今日は朝から機嫌いいな」
「そう?いつもと同じだと思うけど」
「いーや、違うね。やらしー顔でにやにやしてる」
「ふはっ!まー、合ってるかも」
「あ、あー、今日ってあれだ、ももせんせーが来る日じゃん」
昼休み、購買で買ったパンを屋上で食べながらスマホをいじっていると、隣に座っていた一護がニヤニヤしながら話しかけてくる。
『ももせんせーが来る日』だと言い当てられ、棗はふっと小さく微笑んだ。
「お前本当、ももせんせーのこと好きだな」
「好きだよ。じゃなきゃ約2年も通えねーって」
「もうすぐ卒業じゃん、俺ら。告白とかすんの?」
「……うん。卒業したらする」
「へー!純愛じゃん」
「純愛っすね」
一護には蜜夏のことが好きなのだと前々から話していた。話したというか、毎週のようにカウンセリング室に通っていたら自然とバレたというか。
一護から『ももせんせーのこと好きなのー?』と、からかいながら聞いてきた時に『そうだよ』と返したのが始まりだ。一護としては友人の突然のカミングアウトに驚いていたけれどそれ以降はからかうこともなく、棗の恋を応援してくれている。
「なんか、棗って変わったよな」
「俺が?」
「うん。ももせんせーと会って変わった気がする。明るくなったというか、よく笑うようになったよな」
「元々そうだったけど」
「いや、お前の笑顔、前は胡散臭かったよ。笑ってるけど笑ってない感じだったし。でも今は本当に楽しそうに笑うようになったなって」
「へぇ……自分では全然分かんなかった」
「だろうな。自分の笑顔って見えないし」
確かに、蜜夏と出会ってから毎週が、今では毎日が楽しくなっていた。
前にも蜜夏に話したことがあるけれど、本当に一目惚れだったのだ。棗が2年生の時に新しくやってきたスクールカウンセラーの先生は、出会った時は桜の花びらに攫われそうになっていた。
その日は風が強い日で、強風とそれに舞う桜の花びらが彼の行く手を阻んでいて、髪の毛に纏わりつく桜の花びらを手で払っている姿がなんだか美しくて目を奪われたのを覚えている。
8歳も年上なのは分かっていたけれど、棗にとって年齢はただの数字でしかない。ゲームでいうところの、ただのレベル。誰かを好きになるのに年齢は関係ないと思っているが、蜜夏が気にしている『立場』については多少考慮しなくちゃいけないものだと分かっている。だから、蜜夏への『告白』は卒業後にしようと決めているのだ。
――まぁ、泊まりに行ったり学校以外で会ったりしているので、立場を考えているとは言い難いかもしれないけれど。
「ももせんせー、こんにちは!」
冬休みが明けて初めての金曜日、やっと放課後になったので蜜夏がいるであろうカウンセリング室に会いに行った。
「……え、あれっ。リストに載ってる子はさっきで最後だったはずなんだけど……君、名前を聞いてもいい?」
「あ、えっと……?」
カウンセリング室にいたのは蜜夏ではなく、棗よりも背が高いモデルのような男性だった。その男性は手元のバインダーと棗を交互に見て驚いた顔をしている。
棗も何が何だか分からずポカンとしてしまって、目の前にいる人が蜜夏ではないことに対する落胆と混乱に襲われた。
「えっと、あの……俺はいつも相談じゃなくて、雑談しにもも先生…杏先生のところに来てるだけで…。今日は先生、来てないんですか?」
「ちょっと諸事情があってね……今年度はもう出てこられないかもしれないんだ。俺はその代わりにきた蜂須賀響也といいます」
「……え?」
蜜夏の代わりにやってきたという響也の言葉に再び混乱した。今日はたまたま体調が悪いとか、そういう理由で代打のカウンセラーが来ただけかと思っていた。
それなのに、響也の口から飛び出してきたのは『今年度中はもう蜜夏は来ない』ということ。そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
「ど、どこか体調が悪いとか、何かあったとか、そういうことですか?何があったんですか?」
「わ、ちょ、落ち着いて……!」
「蜜夏さんに何があったんですか!?」
「蜜夏さん、って……」
「お願いします、教えてください!今年度中はもう来ないってどうして、俺、そんな…そんな話聞いてません!」
響也に聞いても教えてもらえないことくらい分かっているけれど、聞かざるを得なかった。蜜夏のことになると棗は多少周りが見えなくなるらしい。
蜜夏に何かあったのかと思って響也に詰め寄ってみると、彼も棗と同じように混乱しながら棗のことを見つめていた。
「いや、えっと……ごめんね、事情は話せないんだ。君、もしかして柚木棗くん?杏先生から"ごめんね"って伝言を預かっててね……」
「"ごめんね"って……なんですかそれ……」
「それは俺にも分からなくて……もし会ったら伝えて欲しいって言われただけなんだ」
「そう、ですか……」
それ以上聞いても何も教えてもらえなかったので、棗は諦めるしかなかった。
そして向かったのは蜜夏のマンション。職場に押しかけるよりはこちらのほうがいいだろうと思ったのだけれど、その日は結局蜜夏に会うことはできなかった。




