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【完結】金曜日の霞  作者: 社菘
4.冬

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28/36



蜜夏のおかげで夢ができたと言いながら頬を撫でる棗の顔はとても優しくて、思わず胸が高鳴った。



「夏休みに蜜夏さんの家に泊まらせてもらった時、美味しそうに俺が作ったご飯を食べてくれたじゃないですか」

「ああ、うん…美味しかったからね、本当に」

「そのあと、バイト先に来てくれた時も俺が作ったご飯だと味がするって言ってくれて……あれ、めちゃあくちゃ嬉しかったんです。好きな人が、俺のフォークが、俺の作ったご飯を嬉しそうに食べてくれるのが。だから俺も店長みたいに、ケーキもフォークも笑顔になれる店を作りたいって思ったんです」


琥珀が店主であるカフェ・ブランは一般人向けととフォーク向けのメニューは全く同じものがある。それはすごく画期的だなと思ったのだが、フォークが外で食事をしたり、フォーク用の料理を注文するのはかなり難易度が高いと蜜夏は感じていた。


ブランに行った時は棗がこっそりフォーク用の食事と入れ替えてくれるけれど、注文で自ら『フォークです』と申告するのは結構な勇気がいる。


いわゆる、フォークとケーキ・一般人の共存、を目的に店をやっている琥珀は客がフォークだと分かったとしても態度は変えないだろうけれど、それでもやっぱり怖いものがあるのだ。


棗はもしも自分が店をやるなら、注文方法は店員が聞くのではなくタブレット式にするのだとか、テーブルに店員から直接持ってきて欲しくない人は配膳ロボットを使うのだとか、でも一番はそういうことをしなくてもみんなが心を開いて笑顔になれる店を作りたいのだと語ってくれた。


蜜夏は自分が棗の将来に干渉していいものかと桃原の件の時にも思い悩んでいた部分だけれど、彼はそんな蜜夏の悩みは軽々と乗り越えてしまう。


大人として導いてあげないといけないのは蜜夏のほうなのに、いつだって棗は蜜夏に手を差し出して『こっちだよ』と言ってくれるのだ。大人でも難しいことを棗は笑顔でやってのける。それが彼のいいところで、人を魅了する部分なのだろう。


そして少なからず、棗の『夢』の話に蜜夏は胸がじわっと熱くなった。


「そんなことを思ってたなんて、知らなくて……」

「話そうと思ったけどタイミングがなかったので、すみません」

「卒業後は琥珀さんのところでそのまま働くの?」

「いえ、店長がフォーク用の料理を習ったっていう師匠を紹介してもらいました。その店で修行して、経営とか勉強させてもらって、ゆくゆくは自分の店を持ちたいって感じですかね……多分、店長の店にも戻ると思います」

「そっか。自分でちゃんと、色々考えてるんだ」

「相談できる人がいないので、自分で考えるしかないから。それに俺の人生だし、もったいないっていう理由で進学を勧められても…俺のやりたいことは料理だから、これからの4年を無駄にしたくないんで」


意志が強く、真っ直ぐな瞳をしていた。それでいてその瞳はまるで小さい子のようにわくわくしているように見えて、今の棗はとても輝いて見えた。


「棗くんの夢、おれも応援するよ」

「いつか俺が店を持ったら最初のお客さんとして来てくれますか?」


ぎゅうっと蜜夏を後ろから抱きしめながら、甘えた声で囁かれる。棗が描く自分の未来には当然のように蜜夏がいて、大切な夢の証人として蜜夏にいてほしいのだと懇願する棗の純粋で真っ直ぐな想いが愛おしい。


蜜夏はいつか自分の店を持ち、笑顔でお客さんと会話している棗が容易に想像できた。そんな彼の店の、一番の特等席に蜜夏が座っていたい。棗の『愛』がこもった料理をたくさん食べるのは自分がいいなと、未来のことを想像して小さく笑った。


「……いいよ。おれを最初のお客さんにして?約束だからね」

「!はい、はいっ、約束します!」


イエスと言うとぴょこんっとした犬耳や尻尾が生えているのが見えそうなくらい嬉しがっている棗の頭を撫でると、彼は珍しく年相応の、幼い子供のように蜜夏の手に擦り寄った。


「で、受験もないし……冬休み、蜜夏さんの家に泊まってもいいですか?」

「………それとこれとは話が別」

「何も別じゃないんですけど。お願いします、クリスマスからお正月!一緒にいたい……」


こういう時にばかり年下パワーを最大限使ってくる、ずるい男だ。そして、押せば蜜夏がいつか折れることを分かっているからこそ強行突破しようとしてくる。


なんせ夏休みに許してしまったものだから今回はダメだという言い訳も見つからず言葉を濁していると、棗は蜜夏の考えていることが分かったのかにんまりと笑った。


「あー、でも、蜜夏さんは実家に帰りますよね、年末年始は」

「え?いや、別に……帰らなくてもいい、けど……」

「じゃあ、家で一人ですか」

「……もう。わがまま言ったのは棗くんのほうでしょ」

「ふはっ!家に行ってもいいってこと?」

「……いいから、その代わりちゃんと菅野先生と進路の話して、正式決定したらね」

「分かった!じゃあ今から行ってくる!」

「ほんっとに現金な子だなぁ……」


じゃあまた来週の金曜日にね!と手を振りながら、棗はカウンセリング室を出て行った。


嬉しそうな棗の後ろ姿を見送りながら思うのは、これが『惚れた弱み』か、ということ。棗がわざとらしくお願いしていることは分かっているのに騙されてしまうのは、頭ではなく心のせいなのだ。


「……早く卒業して、棗くん……」


早く彼に好きだと言われたいし、返事をしたい。


『待つ』という行為がこんなにも辛く残酷だなんて、今までの蜜夏は知らなかった。それもこれも、棗と出会い、フォークになってから色んな歯車が動き出してしまったように思う。


「はやく、好きだって言わせて……」


ぽつりと呟いた言葉は雪と一緒に、冷たい冬に溶けていった。




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― 新着の感想 ―
棗くんの夢 絶対叶えて欲しいし 叶わない訳がない! 自分の為でも有るし その目線の先にはももせんせーとの 未来も含まれてる感じ。私も早くももせんせーと一緒に 卒業を待ちたい。春は もうすぐですね
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