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琥珀の目を見れば好奇心で聞いていないことくらい分かる。ただ棗に対しての『兄心』として、彼を心配してくれているのだろう。
でもその瞳の奥に一瞬ぎらりと輝いたものは、事と次第によっては手段を選ばない、と言われているようにも見えた。
「少なからず、普通の人とは違う……と思っています」
「回りくどい言い方ですね。もも先生って学校の先生なわじゃないんですよね?」
「そ、それはそうですけど!でも学校に出入りしている人間が、生徒となんて……」
「そっか、もも先生はそういうちゃんとした大人なんですね」
「え?」
「安心しました」
やはり、何か試されていたようだ。
蜜夏は教師ではないけれど学校に出入りしている『大人』で『フォーク』だという事実は、棗といくら親しくなっても変わらない事実。
棗自身も『蜜夏が困るだろうから』という理由で改めて告白するのを先延ばしにしているので、棗が高校生のうちはずっとこの事実が付きまとう。
だがこの胸の内を話したのは初めてだった。棗にも言っていないのに、今日出会った親しくもない琥珀に話してしまうなんて。
でも、自分のことを全く知らない人だから話せることがあると蜜夏は知っている。蜜夏の仕事はそういうものだから。
「もも先生は棗くんと今後どうなりたいですか?」
「それは……」
「僕は正直、棗くんが傷つく姿は見たくありません。ただ、今すぐどうこうしろって話ではないですけど」
「……自分の気持ちがまだ、少し、曖昧で」
「曖昧?」
「好きか嫌いかで言うと、もちろん前者です。でも、おれたちが一緒にいるのは……」
蜜夏がフォークで、棗がケーキだから。
しかも棗は蜜夏の最愛のケーキで、それを運命だと思っているから。
この気持ちを本当に『恋』と呼んでいいのか迷っている。棗が蜜夏を『好き』と言ってくれる気持ちや言葉に嘘はないと思いたいけれど、自分は彼を都合のいい存在だと見ているのではないか、と自分の心を疑ってしまうのだ。
最愛のケーキだから離れたくない、彼の味じゃないと満足できないと思っているから一緒にいるんじゃないか、と。
「先生と生徒だから、年の差があるからという理由で"今"そういう関係になれないのはもちろんですけど、そう言われて納得しないから子供って怖いですよね」
「……ですね」
「そして棗くんだから、そんな理由では諦めないでしょ、絶対」
「店長さんから見ると、そう思いますか?」
「はい。僕の目から見たら……棗くんはもも先生を大切に想っているんだなって、感じました」
「そうですか……」
「でもそれはあなたも同じですよ、もも先生」
「え……」
「先生と生徒だから、年の差があるから……そういう理由で言い訳できないから、この店に一緒に来てくれたんでしょう?」
琥珀の言葉にハッとした。
この関係を進めてはいけないと思っているのなら棗を拒絶しないといけないのに、蜜夏にはそうできない。
棗を桃原と会わせたくなかった理由や、ベッドの中での彼の体温を思い出しては自分で自分の体をぎゅっと抱きしめても意味がないことに虚しくなったり、一目だけでもいいから会いたかったと言う棗の言葉に胸が締め付けられたり、そういう感情の全てにはきちんと『理由』があるのだ。
「……店長、蜜夏さんを困らせないでください」
「あちゃ、見つかった。たくさんお話してすみません、もも先生。ごゆっくり!」
棗が料理を運んできてくれて、琥珀はぴゅっと退散した。
テーブルの上に美味しそうな料理を並べながら「大丈夫だった?変なこと言われてません?」と心配そうな顔をして覗き込まれ、どきっと心臓が跳ねる。
――ああ、そうか。自分はちゃんと『棗』が好きなんだ。
久しく感じていなかった甘酸っぱい気持ちに心の中を支配され、棗を見ると彼の周りがキラキラして見える魔法にかかってしまった。
恋をすると世界が違って見えるのだとよく言うけれど、本当にそうらしい。
やっと蜜夏の心が追いついて、世界の色が違って見えるようになった。
「……琥珀さん、お兄さんって感じでいい人だね」
「あー、そうだね、確かに。保護者というよりお兄さんに近いかも。蜜夏さんより年上ですし」
「そっか……うん、いい話ができてよかった」
「なんの話?」
「内緒」
君のことを好きだと自覚した話、なんて言えるわけがない。
不思議そうに首を捻っている棗に照れているのがバレないように、蜜夏は運ばれてきた料理を食べ始めた。
「あ、おいしい」
「本当ですか?よかった」
「なんで棗くんが作るご飯は味がするんだろ……」
「……隠し味とか?」
「隠し味?」
「愛、とか…そういうのです」
愛が隠し味だと言ったのは棗のくせに、言った後に顔を赤くして照れるなんてずるい、ずるすぎる。
正真正銘、棗の愛が込められたハンバーグを食べると、途端に味が分からなくなった。先程まで美味しいと思っていた料理の味は分からないのに、不思議なことに空腹は満たされていく。
食べ続ける蜜夏を見て嬉しそうに微笑んでいる棗の甘い視線に耐えられなくて、蜜夏は頬を赤く染めて俯いた。




